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見逃し初耳学B’z稲葉浩志がミスチル桜井を語る内容とインタビューを書き起こし

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2026年3月22日にMBS / TBS系で放送された『日曜日の初耳学』の番組MCの林修さんが“時代のカリスマ”と対峙する人気企画「インタビュアー林修」にMr.Childrenの桜井和寿さん(Vo, G)がゲスト出演しました。

トーク番組に滅多に出演しないMr.Childrenの桜井和寿さんが、2週にわたり音楽への思いや人生観の変化について語った1週目のミリオンヒット曲誕生の裏側、ミュージシャンとしての原点、プロを目指すきっかけとなった姉のひと言、支えとなった母の教えなど、ロングインタビュー内容を当たり障りなく書き起こしてみたいと思います。

※MCの大政絢さん、スタジオゲストの河井ゆずるさん、木嶋真優さん、澤部佑さん、重岡大毅さん(WEST.)、竹内由恵さん、中島健人さんのコメントは省略しています

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「Mr.Children 桜井和寿スペシャル第1夜!今、解き明かされる名曲の数々&B’z 稲葉浩志が桜井を語る。」

林修さん(以下、緑色文字汗が出る、まさか桜井さんがここに出てくださるとは
Mr.Childrenの桜井和寿さん(以下、白色文字)とんでもないです嬉しいです

今スタッフが調べたんですけれども、このようなトーク番組に出られるのは2002年の笑っていいとも以来
そうですか

でも本当にほとんどテレビに出られないので私生活がよく分からない
例えばチェーン店に行かれるようなこともあるんですか
もちろんです。今もちょっと早く家から出てきすぎてトーク番組ということで血糖値も上げなきゃと思って、コンビニで丸ごとバナナ車の中で食べてきました

現金ですかそれともなんとかペイですか
Suicaです
交通系で
そうですそうです交通系です

ナレーター(以下、【】白色太文字表記)
【1994年リリース、Tomorrow never knowsは276万枚のメガヒット。そして、同じ年に発売されたinnocent worldも193万枚超え。1990年代はミリオンヒットが10作品。アルバムは1990年代から3つの年代にわたり、連続ミリオンを達成。この偉大な記録を打ち立てたバンドはMr.Childrenだけ】

そもそも桜井さんもサッカーなさってましたよね?
今は結構してますけど
サッカー中に足を骨折した・・・
そうですね
だから怪我したからやめたってわけじゃないんですね
ないんですよ、手術してまでやってます

それよりもびっくりしたのは、アメリカで車に跳ねられたんですか?
そうなんです。
アメリカの前にレコーディングに行った先がロンドンだったんですよ。
(イギリスの道路は)日本と同じ左側ですよね。
こっちに渡ろうと思ったらこう来るから、こっち見て来てなかったらこっち渡って、逆車線も見てってなんですけど。
その感じでアメリカの道を渡ろうとして、アメリカなんでこっち見ていったら思いっきり来るから
※アメリカの道路は日本と逆の右車線

頭とか大丈夫だったんですか?
頭は大丈夫だったですけど、つけてた時計が飛ばされてたんで。
だから時計が身代わりになってくれたんじゃないかと思う時もあります。

【今夜は二度と見られないかもしれない歴史的瞬間が実現。滅多にテレビに出ないB’z稲葉光司が登場テレビ史上初の奇跡の2ショット。Mr.Childrenといえば世相を表す名曲。まずは林修さんが時代背景とともに独自の視点で日も解く】

このコーナーでは、ゲストの方のイメージに合わせて毎回、花人の赤井勝先生が、いろんなお花を用意してくださるんですが、今回のお花はサンシュユだそうです。
花言葉は、持続剛健。
Mr.Childrenさんの時代を越えて第一線で活躍されることを花で表現したという風に先生はおっしゃってます。

ありがとうございます。

まずは、1994年当時は就職氷河期でバブル崩壊後の不安定な時代でこの年に生まれた名曲がTomorrow Never Knowsと。

【バブル崩壊後多くの若者が将来に不安を抱えていた1994年にリリースされた曲が、木村拓哉が出演したドラマ「若者のすべて」の主題歌「Tomorrow never knows」。”明日どうなるか誰にもわからない、それでも前に進んでいこう”そんなメッセージが込められた曲なのだが実は元々「Tomorrow never knows」とは、程遠いタイトルだったという】

この曲は元々「Tomorrow never knows」というタイトルではなかったと?
なかったようですね。僕もこの番組に出るにあたり予習しました。
そんな予習なんかしてくる番組じゃないですよ。
とんでもないですよ。「覚えてないです」って話終わっちゃダメだなと思って。
仮タイトルは「金のしゃちほこ」。
これはツアー中、ちょうど名古屋に行ってたんですよ。
名古屋でライブをする前乗りする日にちょっとミーティングがあるからと一室に呼ばれ、タイアップの話があると。
「今から曲を書きましょう」って急に言われて、ライブの前乗りで、これから休むべきその時間に。
(スタッフから)「つきましては別室を用意してある。」
もう逃げ道もない。
当時は、ボイスレコーダーっていうのを持ち歩いてなかったので、ライブの記録用にスタッフが、持ち歩いてたビデオカメラを持ってって、自分でそのビデオを回しながら。

そんなすぐにできたんですか?
割とすぐできたんですよ
それ持ってったら、もう鼻息荒く「これは売れるぞ」って。
名古屋だっていうこともあり「金のしゃちほこ」っていう仮タイトルを僕がつけたんじゃないですよ。スタッフが。
金の匂いがすることを意味を指して
もちろんそう思ったんだと思います。歌にはそんなイメージを決して持たないようにしてますけど。

【その売り上げは、Mr.Children最大のヒット276万枚。桜井は、そのメロディーをわずか3時間ほどで完成させたという。さらにその歌詞は…】

あの歌詞をジョギングをしているうちに何か思いつかれたんですか?
“その勝利も敗北もないまま孤独なレースは続いていく”という一節は、自分が走ってる状況とちょっと重なって書いてる部分はあります。

【実は桜井には、さらにもう一つジョギング中に生まれた230万枚の大ヒット曲がある。それが、1996年「名もなき歌」。当時25歳の桜井が生み出したこの曲は「Tomorrow never knows」に次ぐMr.Childrenの歴代2位の売り上げを誇る名曲なのだが…】

この曲が生まれた場所は特定されていて、石神井公園?
「名もなき歌」は、光が丘公園です。
光が丘公園に向かうコースもあれば光が丘公演に向かうコースもあるんですけど。
その「名もなき歌」は光が丘の公園に向かう。
練馬でどっちかを走ってらっしゃったんですか?他もあったんですか?
光が丘コースか石神井コースか。
光が丘コースか石神井コース。名もなき歌は光が丘コース。実家、練馬なんで。
それで石神井か光が丘なんですね。
そうです。
どのフレーズを思いつかれたんですか?
”ちょっとぐらいの汚れ物ならば残さずに食べてやる”っていうのも、ちょうど光が丘の公園じゃなく、信号で立ち止まった時に思い浮かんだフレーズだったのを覚えてます。
それ覚えてらっしゃるんですか?
歌詞はランニングしてたりとかサウナだったり苦しくて、あんまり何も考えられない時に浮かんでくることが多いですね。
ふとした時に何かがこぼれて落ちてくるような。

【「しるし」の”ダーリンダーリン”のフレーズも意図せず自然と口ずさんで生まれたもの。 さらに1996年「花 -Mémento-Mori」はタイアップなしで異例のミリオンセラーを達成した、この名曲は、なんと草野球でセンターを守っている時、突然メロディーが降ってきたと言う】

【バンド結成から37年。総楽曲数は260曲以上。ほぼ全てを作詞作曲している桜井和寿】

作品を作るための材料探しみたいなことはなさるんですか?
あんまり意識的にはしていないと思います。
曲を作る時に経験値で、この方が響くとかフックになるみたいなことは考えることはあるんですけど最近。
でも、それを自分がやった途端にちょっと自分で冷めていくところがあって。
自分すらも感動させたいためには何も意識しないっていうのが大事、僕にとっては。

作家としてまだまだいろんな作品を世に送り出したいっていう思いも当然お持ちですよね?
世に送り出したいとは思ってないです。
そもそも、ちょっとおこがましいと思うけど、こんだけ多くの曲聴いてもらっているのに、「まだまだ俺聴いてほしい曲があるんだぜ」っていう自分をそんな好きじゃないから肯定したくない。

いやいやまだまだ聴きたいですよみんな。
だからこそ、なんかふとした瞬間に曲が生まれたり歌詞が生まれたりすると、これ生まれたってことは何か意味があるんじゃない?
俺まだ音楽続けていっていいって何かからそんなことを言ってもらえてる気がして。
だから、意識的に曲を書くっていう行為をなるべくしないようにしてるのかもしれない。

【桜井にとって曲作りは、計算して作り出すよりも初めからそこにあったものを見つける感覚に近いという。だからこそ、その歌は世代や時代を超えて多くの人の心に届くのかもしれない。】

Mr.Children桜井和寿 B’z稲葉浩志とのエピソード

【しかし、心を揺さぶる名曲を生み出してきた桜井にもメロディーや歌詞が浮かばなくなった時期がある。2020年のコロナ禍。ライブはことごとく中止に追い込まれた。】

コロナ禍で自由に活動ができないという状況がしばらくありましたよね。
そうですね。
本当に無力だなと思いましたね。
俺、誰のためにもなってないっていう。
でも、じゃあ曲作るかっていう気にもならないんですよ。気にもならないから書かないっていうのもどうかと思いますけど。
アウトプットがいつになるか分からないって目標がないから何かを作る気持ちにもならなかったですね。

その中でB’zさんから声をかけていただいて。
2バンドでライブをやれた時はすごく開放されたっていうか。

【自分たちが動かなければ日本の音楽シーンは止まったままかもしれない。そんな使命感からMr.ChildrenとB’zの初めての共演が実現。コロナ禍の落ち着いたタイミングで行われたその伝説的ライブがこちら。コロナ禍で多くの人が不安を抱えていたこの年。日本を代表するB’zとMr.Childrenが音楽の力で日本中を元気づけた。】

【そして、ついに今夜テレビ初となるこの歴史的ツーショットが実現。】

稲葉孝司さん(以下、赤色文字こんにちは。稲葉孝司です。
嬉しい。

【B’z稲葉孝司。1988年デビューのB’zとその4年後輩のMr.Children。30年以上にわたり日本の音楽シーンを牽引してきたB’zとMr.Childrenだが、2人の接点は最近まで、ほぼなく音楽番組で時折顔を合わせる程度だった。しかし、桜井の存在に突き動かされるように稲葉が行動に出ることになる。今夜これまで誰にも語らなかったそのエピソードを初告白。】

Mr.Childrenさんのライブはですね、個人的には1回見に行ってたんですけども。
それも結構遅めというか初めて見に行ったのが、正直言うとそれまではちょっと怖いもの見たさというか、見たらなんか自分がどうなるんだろうっていうのがちょっとあって。
ショックを受けたりとか、それを見て飲み込まれてしまうこととかもあるのかなとか思いながら、初めてライブ見に行って、案の定素晴らしくてですね、ライブが。
嫉妬のような気持ちにもなったし、当然リスペクトもいっぱい生まれたし。
やはり、さすがだなという感じでしたね。

【これまで交わることのなかった2組による伝説のライブ。その本番前、稲葉に強烈な印象を与えたという桜井のある姿とは。】

桜井さんは、サッカーやってるじゃないですか。昔はライブの前も試合をやったりっていう、馬鹿みたいにやりすぎたので「もう、やりません」と対談の時に聞いてたんですけども。
当日、会場行くと、なんか早くから会場に入ってサッカーボール持って、楽屋とか色んなところをうろうろしてる桜井さんを目撃してる目撃談というか、結構聞いてて、やっぱりやってるんだと思って。

同じステージに立ってやっぱり体力あるなって思いましたね。
やっぱり、サッカーやってるだけあって、躍動感もすごくあるし、音だとか言葉だとかっていうことを伝えるために必要なフィジカルの部分もちゃんとやっぱり兼ね備えてやってる方だなというのがよく分かりましたね。

稲葉さんのコメントをお聞きになっていかがですか?
嬉しいです。何をさせてるんですか?ありがとうございます。本当ありがとうございます。嬉しいです。

稲葉さんが、こういう思いでライブに来ていたというのをお聞きになっていかがですか?
僕がそのB’zさん観るとしても同じ気持ちですね。
やっぱり、それによって嫉妬心が生まれたり落ちるから見たくないみたいなところもありますけど。

稲葉さん、おっしゃってましたけど、本番前にもサッカーなさるんですか?
昔は本当にサッカーの試合をしてたんです。
アリーナで体育館なんで、その体育館の上の方には練習用の体育館があるところもあるんですよ。
そういうところに対戦相手も連れてきてくださって、うちのスタッフとかと対戦してみたいな。
それで、その後にリハーサルして。
そんなことしたら、疲れて本番ライブに差し障るじゃないですか?っていう意見あるんですけど、本当に差し障ってた可能性はあります。

もし差し支えなければその影響はどんなふうに出たのかを。
いい影響はアップができてるから声が出やすい。悪い影響は疲れが早い。
そうでしょうね。
でも、サッカーを好きでいることが大事だったというよりも、ライブのある1日を全力で何かに取り組んでいる自分がそこに意味を感じたんだと思うんです。その当時は。

【37年間全力で走り続けてきたMr.Children。その最新曲が。日曜劇場「リブート」の主題歌「Again」。実はこのアップテンポの曲調はオファーをしたドラマ制作陣にとって想定外のものだったという。】

この曲の歌詞についてはいかがでしょう?どんなふうにできたんでしょうか?
主題歌であることを前提に書いた作品ではない。

そうなんですね。
アルバムのデモをいくつか作っていて、歌詞もだいたい、ほぼ90%今の状態で書いてたんですね。リブートのお話いただいて、ドラマの制作の方々は、ミディアムテンポのバラードをお願いしたいということだったんですけど。
僕、脚本を見て、なんかバラードではない気がすると思って。
「たまたま、ピッタリの曲があるから、この曲を聴いてみて下さい」って、デモの段階の曲を聴いてもらったのが「Again」です。

【そして、今回、音楽界の巨人・桜井和寿の歌詞を予備校界の巨人・林修が考察。現代文講師が3時間かけて練り上げた渾身の歌詞分析をご本人にぶつける。】

誠に僭越ながら私の個人の感想を書いて。
この感想を事前に僕目を通させていただいたんですけど、本当嬉しくて。ただ乗っかるだけにしようかなと。本当その通りです。

この曲が今まで聴いてきた「終わりなき旅」があり、「HANABI」のもう一回もう一回のフレーズがあって、また「Again」っていう、この一連の流れで捉えてしまったんですよね。

【林修の考察によると、3つの年代で作ったこの3曲に桜井の内面の変化が感じられるという。まず20代で作った「終わりなき旅」その歌詞には、後ろを振り向かず未来に突き進んでいく強い決意が込められている。そして30代で作った「HANABI」では、迷いながらも自らを奮い立たせるフレーズへと変わり、50代の今「Again」では、無力感や虚しさを抱えながらも今を必死に生きるそんな人生観の移り変わりを林修は感じ取った。】

特に今回の場合には、毎日を塗りつぶすだけ空っぽになるだけっていう、”だけだけ”を繰り返して、今できることに、この瞬間にとことん集中して、もう一回チャレンジするという思いが前より強いのかなっていうようなそれが私の考えです。
ありがとうございます。
20年前とかに書いてた「終わりなき旅」とかそういったものは、もっと未来に広がっていく希望とか、そういったものをイメージしてたと思うんですけど、なかなか今自分の中に広がっていく未来みたいなものをイメージしにくいんですよね。
だけど、それが悲しいことなのかっていったらそうじゃなくて、ただ毎日を必死に生きていくっていうことこそが希望になっているというか。
自分の中の考え方が、歌詞の中にもやっぱ反映されるので知らず知らず、そうなってはいると思いますけど。

【未来に夢見た20代。人生は簡単ではないと知った30代。そして、50代となった今は、未来の夢より目の前の一日を必死に生きることこそが、希望となる。桜井和俊はそう信じている。続いては姉の一言で始まったという桜井和寿の音楽人生その原点に林治が迫る。】

ギターを始められたのは、お姉さんの影響なんですか?
そうですね。
中学2年の時にちょうど学校の人間関係で、ちょっとトラブルがあって学校行かない時期があったんですね。
あまりにも暇なんで、姉の部屋にギターがあって、そのギターを弾き始めたのが最初ですね。
ギターで弾く曲って思いついたのが、『禁じられた遊び』で。
それをまず弾いてみようと思って、弾いてたら姉が帰ってきて僕の弾くギターの音を聞いて「天才じゃない」ってバカにして言ったんだと思うんですけど。
僕は、それ真に受けて。
それ以降、「僕は天才だ」と思って。
もう、ギター始めて暫くして、もうすぐプロになるって決めたんですね。
それ別に関心するようなことじゃなくて、昔、ノストラダムスの大予言ってあったんですね。
1999年、世界は滅亡するもんだと思ってだからこそ、音楽を一心不乱に続けられたと思うんですよね。

7月に空から大王が降ってくるって、信じたということですか?
だから、その先のことを考えてなかったんですよ。
音楽がダメだった時にどうやって生活していくんだとか、そういったこと一切考えないで音楽をやれたのは、きっとバカみたいに信じてたところがあるから。

これちょっとネットに書いたってことであれですけど、「CROSS ROAD」ができた時に桜井さん、ご自身で「100万枚売れる」って叫んだって、ネットに書いてあるんですが、それ本当ですか?
多分そんなことを言う人だと思います。

【23歳の時にリリースした「CROSS ROAD」は、彼が確信した通り125万枚を売り上げMr.Children初のミリオンヒットに。さらに次のシングルが彼らを国民的バンドへと押し上げる。それが、スポーツドリンクのCMソングに起用された「innocent world」。193万枚という爆発的大ヒットを記録するのだが、実は、その裏には。音楽プロデューサー小林武史の助言があったという。】

そもそも、「innocent world」は、とにかくタイアップを取りたくて書いてた曲だったんですよ。
メロディーと大まかなアレンジだけは、デモであって。
さあ、どんな歌詞を載せようかと僕は思って。

それが清涼飲料水のCMだったんで、僕は「その爽やかさに寄せて、そのほうが売れる」っていうような、それがみんな聴きやすいんじゃないかっていう体のいい言葉を載せてなものだったんですけど。

それを小林さんは、「そうじゃないんじゃない?自分が発したい思いみたいなものを全部歌の中に投影させてもいいんじゃない?」っていうことをアドバイスしてくれて。
それが、アドバイスなのかタイアップを取るために僕のミュージシャンとしての能力を全部使おうとしている僕を見かねて、そういう形で僕の背中を押してくれたんではないか、と今では思いますけど。

もともとは、「innocent blue(イノセント ブルー)」だったんですか?
「innocent blue(イノセント ブルー)」ですし、歌詞も大まかに違います。
歌の最後のフレーズ”イノセントワールド”っていうのは、それがブルーっていう母音が”う”になることで、広がっていかないっていうか。
最後に強さを伝えないで中にこもっていく感じを小林さん、「それをワールドっていう母音がアーの膨らんでいく方に放たれる方に書き換えてみたらどうだ」っていうアイデアも小林さんだし。

今、計らずも一節歌っていただきましたけど、もっと長く歌っていただければ大歓迎ですから

【歌詞をイノセントワールドにした結果、伸びやかで壮大な世界観が広がる歌となった】

昔と比べて歌い方で変わってる部分はあるんですか?
いっぱいありますけど。
今は時代的にピッチとか正しい音楽が主流、歌が主流になってくるから、その綺麗なものに寄せていくべきじゃないかって思ってる自分が、今はいたりもしますけど。

実際にそれに寄せるような行動っていうのを既になさってるんですか?
行動というか、ひたすら研究と練習ぐらいですかね。

研究なさるんですか?
研究めっちゃします。
具体的に研究されたアーティストとかも差し支えなければですけど。
稲葉さんの声もそうだし、ONE OK ROCKのTaka君とかミセス(Mrs. GREEN APPLE)の大森君とか。
能力の高いボーカリストに憧れる面もありながら、同時に吉田卓郎さんとか。
ちゃんと言葉が伝わるっていうタイプのボーカリストも同時に憧れるので。

【桜井は、若い才能からも自分に取り入れられるものはないかと貪欲に学び続けている。その証拠にRADWIMPSなど後輩アーティストたちのライブにも参加。実はこの対バンライブの実現も桜井和俊の貪欲さから始まったものだった。というのも以前番組で野田洋次郎さんが「僕らが対バンツアーを初めてやってる最中でミスチルさんが『あれ?俺ら呼ばれてないけど』って言ってくださって。」と語っていました。】

「いや、なんで呼んでくれないんだ」っていう風に情報が伝わったらしいです。
それはでも、思ってました。
なんか、若い人たちだけやるんだなっていう。ちょっと、仲間外れにされたような気持ちはありましたが、ちょっと厚かましかったかなっていう反省もあります。

Mr.Children桜井和寿 人生最大の危機と涙したライブの理由

【ストイックに研究と練習を重ね進化し続けていることが桜井和寿の強さの源。そんな、彼も32歳の時、人生最大の危機に直面する。小脳梗塞の疑いで活動休止。しかし、実は、この療養期間中にも名曲が生まれていた。2002年リリース「HERO」。桜井和寿のミュージシャン人生の分岐点にもなった大切な一曲「HERO」その真実に林修が迫る。】

ちょうど僕、病気で1年ぐらい活動ができなくて、その時に高校の担任だった先生から連絡を受けて、難病の子供を今担任してるんだけれど「その子がMr.Childrenを大好き」なんで、なんか「メッセージをもらえないか」と。
自分はビデオカメラの前でメッセージを録画したんですけど、何か違和感。
それは、何かって言ったら俺よりももっと励ましてくれてる人が、一番近くにいるじゃないって思った。
多分、そのことが、そのままヒーローの歌詞になってるとは思います。

【その子にとってのヒーローは、Mr.Childrenではなく、一番近くで支えてくれる親のはず。桜井は親が我が子を思う無償の愛を「HERO」の歌詞に込めた。】

病気の後に歌詞を変えられたんですか?
病気になって歌詞は書いて、レコーディングする時に大サビというかちょっと違うパートをつけて、そこで歌詞はまださらに書き足されたっていう感じですかね。

【急遽、足されたこの歌詞には桜井が涙で歌えなくなるほどの特別な思いが込められていた。病気の療養中に生まれた曲「HERO」。繰り返していくという歌詞に込められた桜井の特別な思いとは。】

それまでは、誰かのためとかではなく、若い情熱を音楽に注いでいくっていうようなものを望まれていると思ったし、それがバンドとしての正しい姿だと思ってたんですけど。
そうではなくて、やはり子供もでき、しかも自分も死を意識しなくてはいけないような病気になった時にこうやって命が繰り返されていくとか、ことにこそ意味を感じたりしたんだと思うし、ミュージシャンとして、このバンドがその”命”っていうものを歌っていくことに覚悟を持って歌おうと思った。
それが、繰り返される繰り返していくっていう言葉に現れているということなんですね。

【そんな特別な思いが込められた曲「HERO」だが、実は、ある野外フェスで桜井の思いが溢れ出したことがあった。同じステージには幼少期から憧れていた浜田省吾や桜井を慕う後輩スキマスイッチなど多くのアーティストが参加。繰り返していくのは命のつながりだけではない。音楽もまた先輩から後輩へと受け継がれていく。その思いが歌詞と重なり桜井は、涙をこらえきれなかった。

【そして、Mr.Childrenの最新曲「産声」でも桜井は命のつながりを歌っている。そんな、「産声」の歌詞を再び現代文講師・林修が分析。】

まず、冒頭の”実家”って言葉にやられたと思ったんですよ。
いろんな曲で実家っていう言葉を聞いた記憶がないんですよね。
さらには、今日生きてるってことそれだけで奇跡なんだろうって、若い時にはあんまり実感できない感覚かなと思います。
新たな命を祝福してあげるっていうそういう思いがとってもよく出てる。

本当に嬉しいです。
僕、その歌詞を書いてから、時間結構経ってるんで、どういう気持ちで書いたのか忘れてる節があったんですけど。
林先生の考察見て、”実家”確かに俺、大事に思って、一番最初に持ってきたって全乗っかりです。
でも、本当にそれは”実家”っていう言葉には、もちろん僕の思うんだけど、その裏側にある両親の顔とかを聞き手はイメージするんじゃないかな。
しかも、その老いた両親のこと。
ひょっとしたら、もうすでに他界してる両親のことかもしれないし。
それがあってこその、そのサビのなんだろう…
今日生きてることそれだけで奇跡なんだろうっていうそこが響いてくるんだと思うし。

【そんな大切にしている実家の母から桜井が常に言われ続けてきた教訓がある。】

悪いことが起こると、ワクワクしてくるみたいな。
なんで、いつも怖いです。
母親から「人生プラスマイナスゼロ」という言葉をすごい擦り込まれてて。
だから、なんかいいことがあれば、この良いことの反動でいつか悪いことが起こるんじゃないかっていう素直に良いことを喜べないようなところと、逆に悪いことがあれば、これから、じゃあ、いいことが起こる。
ちょっと悪いことが起こると、ワクワクしてくるみたいな。
そういうところはありますね。

それ今でも変わらないですか?
今も変わらないですね。

じゃあ、もう随分良いことだらけで良いことが随分溜まりすぎてるんじゃないですか?
そうですよね。それは、そう思います。
なんで、いつも怖いです。
いつも怖いです、本当にそうですよね。

【常にポジティブに桜井和俊はこれからも歌い続けていく】

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