山田倫太郎師匠24時間テレビで絵本とフォンタン術後症候群と幸せに満ちた家族になれた理由を明かす

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日本テレビ系列『人生が変わる1分間の深イイ話』では「結婚したら本当に幸せなのか?SP」と題して8月23日放送された「24時間テレビ38」で勇気と感動を与えた一人であり、師匠と呼ばれ話題になりました。大の美女好きで心臓病を患われている山田倫太郎くん一家に密着され、ゲストである山本美月さんの写真を見ると大興奮だったそうです。

 山田倫太郎1

出典:https://ameblo.jp/

山田一家はサラリーマンの父、看護師の母、おじいちゃん、おばあちゃん、弟・恵次郎くんの一家6人家族です。朝食を食べ終わると、日課である朝刊と愛読書を読み、大好きなおじいちゃんの車で学校へ。

学校では大好きな音楽の授業で積極的に発言し、キレイな先生に猛アピールする山田倫太郎師匠について当たり障りなく紹介してみたいと思います。

※涙腺が弱い方は、公衆の面前で読まれることはおすすめできないかもしれません。

Wikipediaより詳しい山田倫太郎師匠のプロフィールと経歴・学歴

2才の頃、家で不整脈で心肺停止状態になり、近くに居た母が人工呼吸、祖父は心臓マッサージ、祖母は救急車を呼び救急車が来た時に、僕は息を吹き返しました。その後は近くの病院に運ばれて蘇生し、子ども病院に運ばれて元気になりました。

中学校2年生の山田倫太郎師匠は、心臓の左心室と右心室が分かれていない「フォンタン術後症候群(房室交差)」という1万4000人に1人の難病を抱えています。

また、腸からたんぱくが漏れる合併症もあり、点滴が欠かせない状態で、酸素吸入器を付けて学校にも通っています。山田倫太郎師匠の性格は普段から明るく、前向きな性格でおしゃべりが大好きで大の美女好きなんだそうです。
※お父さんはその性格について、周りの人に恵まれていたからと語られていました

朝食を食べ終わると、日課である朝刊と愛読書を読み、その後、大好きなおじいちゃんの車で学校へ出発します。学校では大好きな音楽の授業で積極的に発言し、キレイな先生に猛アピールするわんぱくものです。午前中だけ町立箕輪中学校の普通学級で学び、文化祭では弁論大会で「命の尊さ」について語ったそうです。

また、山田倫太郎師匠の家での日課は執筆活動で、SFや恋愛小説など物語のジャンルは様々だそうです。心臓の病気で長く入院してきた自身の体験から、こどもたちの検査への不安を軽減させるための絵本にし、長野県立こども病院(長野県安曇野市)の病棟に実際に置かれているそうです。

山田倫太郎師匠は他にも帯や作者紹介、あとがきなども書いた本格的な絵本が9冊ほどあるそうです。歴史や神話が大好きで、妖精や野菜が旅をしたり、病気の不安を救うヒーローが登場するそうです。

絵本、小説などに今も挑戦し続けているそうです。

(2015年8月時点)

山田倫太郎師匠がこどもたちの検査への不安を軽減させる絵本『リンリンマン カテーテルってなんだのまき』を作成

山田倫太郎師匠は、心臓の病気で長く入院してきた自身の体験から「小さな子たちが心臓カテーテル検査に感じる恐怖を軽くできれば」と制作した『リンリンマン カテーテルってなんだのまき』という絵本にしています。

山田倫太郎師匠が作成したこの絵本は、長野県立こども病院(長野県安曇野市)の病棟に実際に置かれています。

小さい子どもたちへ山田倫太郎師匠のやさしさが生みだしたこの作品は、検査で不安にかられる子どもたちの強い味方になっているのではないでしょうか。

山田倫太郎師匠は小学校入学前からこのような絵本などの創作に意欲を燃やしてきたようです。長い病院生活の中で感じた様々なことを、文章やイラストにして伝えることで、別の病気で苦しんでいるこども達に勇気を与えています。

足の血管から心臓へカテーテルを通す検査の手順をQ&A形式で解説し、アンパンマンに似た主人公は、倫太郎君と同じく酸素吸入器の鼻チューブを着けています。

この検査では、小児科では全身麻酔で行われますが、終わってしばらくは出血を防ぐため、体を固定します。10回以上受けている倫太郎君も「ガリバー旅行記で小人に縛られるガリバーになったような気分」だったと語られています。

2015年5月に入院した時に検査後の幼児の泣き声を聞いたそうです。そうして、検査の意味を理解すれば、不安が和らぐのではと絵本を思い立ったと明かしています。

山田倫太郎が命の尊さについて綴った作文・手紙の想いとは?続きはPages2へ

山田倫太郎師匠が中学1年生の時に「命の尊さ」について書いた作文とは?

山田倫太郎師匠は、中学1年生の時に、「命の尊さ」について書いた作文がありますので紹介したいと思います。命はとても尊い物です。しかし最近、自殺のニュースをよく耳にします。

僕はその度に怒っています。僕がこんな命の尊さについて考える理由は、4つあります。

第一に、僕は半分死んだ状態で生まれて来ました。けれど、主治医の安河内先生をはじめ、多くの人々に支えられて今まで生きる事が出来たからです。例を挙げると、二才の頃、家で心肺停止状態になりました。

近くに居た母は人工呼吸、祖父は心臓マッサージ、祖母は救急車を呼んでくれました。救急車が来た時に、僕は息を吹き返しました。

その後は近くの病院に運ばれて蘇生してもらい、子ども病院に運ばれ、元気になりました。小さい頃の事なので、はっきり覚えていないけど、家族はこの事を話す度に「大変だった」と言います。それほど人に支えられているのです。

第二に、僕も生きる為に頑張って来たからです。手術、リハビリ、水分制限、体重のコントロール等です。水分飲んでいい量が1リットル未満だった時もありました。その時は、氷や果物を食べて喉を潤していました。

小さい頃は飲めないのが辛かったです。飲んで良い量が増えた時の喜びを今でも覚えています。

第三に、小学1年の冬に入院した時に、病棟の子が亡くなり、その時のその子の母親の声がとても悲しそうだったからです。

真夜中に急に遠くの病室からその子の母親の「もう少しでお父さんが来るからしっかりして」と言う声がしました。けれど、お父さんが来る前にその子は亡くなってしまいました。

僕は、その後退院しましたが、今でもその出来事を覚えています。このように、自分が死ぬと、家族や周りの人が悲しみます。

第四に、母親が弟を身籠っている時、母親がとても大変だったからです。お腹が大きいので、靴下を履く事、ボタンを買う事が自分で出来ませんでした。僕は、母親に靴下を履かせてあげたり、ボタンを買ってあげたりとお手伝いをしました。

母親のお手伝いを通して、僕を身籠っている時も、こんなに苦しいのに、これに耐えてくれたんだと思い、命を大切にしなければいけないんだと感じました。

皆さんのお母さんも、10ヶ月間こんなに苦しい思いをしても、皆さんに会いたいと思う一心で頑張ってくれたのです。そして、生まれてからも多くの人々に支えられて、今の自分があるのです。

けれど中には、「自分の命だから、自殺なんて自分の勝手」と考える人もいるでしょう。しかし、人間は一人一人が互いに支え合って生きています。自殺は周りの人を悲しませるのでいけません。以上の事から、自分の命を大切にして下さい。他の人の命も大切にする事が出来ます。

「死ね」、「死にたい」と至るまでにいろいろと葛藤して出た言葉の場合もあるかもしれません。良い、悪いは自分には決めつけることはできないものですが、自分の中では山田倫太郎師匠の作文は心に響きました。

話が脱線しますが、『あなたが虚しく生きた今日は昨日死んでいった者があれほど生きたいと願った明日』という言葉をご存知でしょうか。 韓国で2000年の春から2001年にかけて200万部以上売れたベストセラー小説『カシコギ』に書かれている言葉を思い出しました。

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山田倫太郎師匠が掲げる「理想の医者」八ヶ条とは?

山田倫太郎師匠には10歳ほど年の離れた恵次郎くんという弟がいます。2015年初め、4歳になった弟・恵次郎くんが人体図鑑を眺めて「医者になってお兄ちゃんを治す」と言い出したそうです。

それを聞いた山田倫太郎師匠は、将来医者になるであろう弟・恵次郎くんや、医療を志すであろう将来の若者たちに向けて八ヶ条からなる『理想の医者』を7月にパソコンを使って綴っています。

山田倫太郎

出典:https://ameblo.jp/

壱、患者さんの家族、趣味など、患者さんの生活全体を見て接しよう

弐、患者さんは、誰もが自分の受ける治療や検査などに、不安を抱いている。しっかり、分かりやすく説明してあげよう

参、患者さんは、いつ苦しみだすか分からない。大事なのは、その時に、君が患者さんのために、とっさに体を動かせるかだ

四、入院している患者さんにも、自分の生活がある。検査や治療は出来る限り患者さんの生活に合わせてやるべきだ

伍、入院している患者さんにとって、ベッドは我が家のようなものだ。採血や問診に行く時は、人の家に行くような感じで行こう

六、患者や患者の家族は、手術や検査の結果を心待ちにしている。終わったらすぐに知らせてあげよう

七、患者さんとの関係は、治療が終わればおしまいという訳ではない

八、医師はどんな状況でも諦めてはならない。思わぬ治療法があるかもしれないし、悪い状態は一時的なものかもしれないからだ。医師が絶望的と思っても、患者さんや家族にとっては違うかもしれない

この八ヶ条は全て、山田倫太郎師匠が入院生活で自らが感じた事から綴られています。

四、検査や治療は出来る限り患者さんの生活に合わせてやるべきだが誕生したきっかけは、H先生にエコー検査に呼ばれましたが、その時H先生は『もうすぐお昼ごはんだね。メニューはうどんだし、のびると美味(おい)しくないから倫ちゃんがうどんを食べ終えたらエコーをするよ』と言ってくれたことから生まれたものだそうです。

山田倫太郎師匠の言葉には温もりと魂が宿っているように思うのは自分だけでしょうか。

山田倫太郎が生まれてくる弟への手紙

弟・恵次郎くんがまだお母さんのお腹の中にいる時に手紙を綴っています。当時、7歳のころの山田倫太郎師匠が書いた内容を紹介したいと思います。また、心を打たれてしまうのではないでしょうか。

「兄弟ができた どんな名前にしようかな。僕は心臓が悪いから 今度こそ健康に生まれてきてほしい。ぼくより長生きしてほしい。兄弟は支え合ったり 時にはけんかしたり きずなを深め合えるもの」

弟・恵次郎くんに対してこのような手紙を書いたそうです。山田倫太郎師匠がどれだけまわりの人たちに支えられて生きてきたのか。それに対して、山田倫太郎師匠がどう感じてきたのか、それが感じ取れる命の言葉ではないでしょうか。

愛と笑顔と人への優しさ、感受性の豊かさ溢れる山田倫太郎師匠一家はどうやって幸せに満ちた家族になれたのかとても気になりますね。

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