八千草薫メーテルのモデル理由や日本人の品位を小松成美が解説|世界一受けたい授業

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日本テレビ系列『世界一受けたい授業』では、ノンフィクション作家の小松成美さんがメーテルのモデルの一人となった八千草薫さんについて「理想の女性像No.1 八千草薫に学ぶ いま若者に伝えたい日本人の品位」をテーマに解説します。

「銀河鉄道999」などで知られる漫画家・松本零士さんが中学生の時に八千草薫さんの顔を自分好みに修正して描いたものが後のメーテルなんかの顔にそっくりと語っている八千草薫さんの生き方やメーテルのモデルの理由などついて当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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ノンフィクション作家の小松成美とはどんな人?

2019年8月1日に発売された歌手・浜崎あゆみさんと音楽プロデューサーで育ての親であるエイベックスの松浦勝人会長との出会いから別れまでの衝撃告白を基にまとめ上げた小説「M 愛すべき人がいて」の著者でもあるノンフィクション作家の小松成美さん。

神奈川県横浜市生まれの小松成美さんは、日本大学藤沢高等学校卒業後は専門学校で広告を学び、1982年毎日広告社へ入社してOLとして3年間社会のイロハを教わったそうです。

男女の格差など社会の厳しい中で結婚にもまだ興味がなく寿退社を考えていなかった小松成美さんは、これから自分は何をしていけばいいのか悩んでいた23歳の夏、ある人の紹介でTBSの報道部に契約社員として入社。

仕事は事務職で、ちょうど御巣鷹山の日本航空機墜落事故やアメリカのスペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故で報道の在り方について記者の人たちと毎日のように話をしていくうちに自分に何ができるだろうかと真剣に考えたそうです。

「入社試験を受けて記者を目指したら」とアドバイス受けた小松成美さんでしたが、正社員として入社試験を受けるには4年制大学を卒業していないことがネックになることに気づかされました。

高校時代の小松成美さんは、自分の熱中できるものをいつも求めていたそうで、偏差値という数字だけで評価されることや受験勉強に疑問を持ち、集中できずに希望の大学に落ちて別の大学へ受かるも行くことも辞めたことを大きな失敗と思ってしまいます。

なぜキャリアを積むことを10代のころから真剣考えなかったのか、取り返しのつかない過ちをおかしたのではないかと悩んでいるうちに自律神経失調症に・・・。

仕事を辞めた後はアルバイトをしながらいろいろな職業に触れながら自分が好きなもの・極めたいものは何だろうと考えた結果、すべてのことを教わった「本」の存在にたどり着きました。

本を書く側になろうち1989年(当時27歳)、まったくの未経験で男社会だったノンフィクションのスポーツライターを経て、現在はスポーツ、映画、音楽、芸術、旅、歴史などさまざまなテーマでノンフィクション作家として活動中。

小松成美が解説:八千草薫の生き方とは

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