2018年7月15日、毎日放送制作・TBS系列『情熱大陸』では、軍用機に同乗撮影が許可されているカメラマンは世界でたった3人しかいないカメラマンの一人で、一瞬の美をとらえる技術は神業と賞賛されている航空写真家・徳永克彦さんが密着されます。
30年以上のキャリアを誇り、年間300日は撮影や交渉で海外へ飛び回る多忙な日々を送りながら搭乗時間は2000時間を超え高評価の写真集『蒼空の視覚 Super Blue3』や妻・明子さんからみた航空写真家・徳永克彦さんなど含めて当たり障りなく紹介してみたいと思います。
世界の航空写真家の頂点に君臨し続けている航空写真家・徳永克彦さんは、ヨーロッパを中心とした航空機メーカーや各国の空軍・海軍からオファーを受けているそうです。
戦闘機を1機飛ばす燃料費は約200万円かかり、上空での撮影時間は1時間もないため、安全にも注意しながらの作業となります。
航空写真家・徳永克彦さんは、入念な準備と打ち合わせをすることで飛ぶ前に撮影は終わっていると言われるそうです。
「飛ぶ前に撮影は終わっている」というのは、航空写真家・徳永克彦さんが機体の飛行特性を知り尽くしたうえで高度・速度や太陽の位置に旋回の重力だけでなく、背景となる地形や建物の角度まで徹底的に予測した上で話をするからだそうです。
『情熱大陸』では、急上昇・急降下・横転・宙返りなどの過酷な9Gにもなる重力に耐えながら撮影では連射をせずに1回のシャッターを切って生きた飛行機を撮る神業に迫ります。
目次
徳永克彦の機材・カメラと航空撮影で気をつけていることは?
デジタルカメラになってから、画のクオリティーが上がったことからフィルム時代には考えられなかった感度の変更が可能により、撮れなかったものが撮れるようになったそうです。
航空写真家・徳永克彦さんが撮影時に気をつけている事は・・・
- タイ空軍を撮影した時では、ISO2000まで感度を上げて撮影
- 撮影は全てRAWにしてJPEGは使わない
- 基本的にシャッター優先オートだが、ずっと撮影できるわけではないので、ホワイトバランスはほとんどの場合オートを使う
- 通常はオートフォーカスの方が速くて精度がいいが、キャノピーに歪みや傷がある場合、マニュアルフォーカスを使う
- 空撮では9Gにもなる重力に耐えるためにはパイロットと同じ特殊な耐Gスーツを着る
- フィルムカメラの時代はパイロットと同じ特殊な耐Gスーツのポケットにフィルムを10本ほど入れていた → コックピット内でのフィルムの交換は時間かかる事と安全面のリスクも大きかった
- コックピット内は狭いので安全面を考慮してなるべく少ない機材で撮影するようにしている
航空写真家・徳永克彦さんが“居合い抜き”のようなワンショットで利用しているカメラや機材のメーカーはNikonのようです。
カメラボディーは「Nikon デジタル一眼レフカメラ D4」と「Nikon デジタル一眼レフカメラ D800」
レンズ
AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G ED
AF-S NIKKOR 14-24mm f/2.8G ED
AF-S NIKKOR 85mm f/1.8G
Ai AF Fisheye-NIKKOR 16mm f/2.8D
を使用しているようです。(2018年7月時点)
WIKIPEDIAより詳しい?徳永克彦のプロフィールと経歴・学歴
出典:
名前 (読み方) |
徳永 克彦 (とくなが かつひこ) |
生年月日 | 1957年1月13日 |
出身地 | 東京都 |
血液型 | |
身長 | |
体重 | |
出身高校 | |
出身大学 | |
職業 | 写真家 日本写真家協会会員 航空ジャーナリスト協会会員 |
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1970年代前半、日本では空前の航空ブームが到来しており、航空関連雑誌が毎月出版されて自衛隊の次期主力戦闘機が話題になっていました。
マニア同士のネットワークで海外事情にも通じていた徳永克彦さんは、航空ショーに出かけては趣味で戦闘機を撮影したり、雑誌に写真を投稿したり、原稿を書いたりしていました。
1978年9月(21歳)の時、米空軍の競技会ウィリアム・テルの取材にアメリカを訪れた時にアメリカ空軍のロッキードT-33Aジェット練習機に同乗できる機会がありました。
競技会ウィリアム・テルの広報官が「ジャーナリストも飛ばなきゃわからない」というポリシーで多くの民間人を乗せていたのだそうです。
もちろん、徳永克彦さんは、千載一遇のチャンスとばかりに練習機T―33に同乗に参加しました。
午前中はパラシュートの脱出方法など訓練後にヘルメット、酸素マスクを装着して初飛行では平常心で乗った経験が強みとなり、軍の知人などを通して同乗撮影を依頼をしました。
2回目の時は、徳永克彦さんはアクロバットチーム「サンダーバーズ」のT―38に同乗しました。
最初のうちは撮影用の仕事が組まれることはなく、通常訓練の合間の10分ほどを使用して空撮したそうです。
風防・キャノピー(天蓋)越しの撮影では、自分自身や計器がガラスに映り込んだり、戦闘機特有の大きな重力加速度で重いカメラを機内の計器などに触れないよう安全に操作するのは大変だったそうです。
経験を積むにつれて各国の空軍や航空機メーカーからの撮影依頼が増えた徳永克彦さんは、撮れる絵を設定して撮影に挑戦するようになりました。
徳永克彦さんは、事前にいくら綿密な打ち合わせを重ねても上空でパイロットがこちらの意図や想定パターンを100%理解していないと気づけば、中止して引き返すこともあるそうです。
現在、年間300日は撮影や交渉で海外へ飛び回る多忙な日々を送りながら日本だけでなく、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、オーストリアなどで、数多くの写真集を刊行している。