TBS系列『爆報! THE フライデー』では「大女優と2人の超大物俳優」と題して、大女優・奈良岡朋子さんと昭和の大スターで超大物俳優・石原裕次郎さんと高倉健さんとの驚きのただならぬ関係と伝説の裏側が初告白されました。

 

大学在学中に1948年に女優デビュー、1950年に劇団民藝創設に参加や橋田壽賀子さん脚本ドラマ「おんなの家」では20年近くにわたって杉村春子さんと山岡久乃さんと共に3姉妹を熱演や紫綬褒章、勲四等旭日小綬章受章者の奈良岡朋子さんや2人の超大物俳優の秘蔵映像について当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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ただならぬ関係 大女優・奈良岡朋子に石原裕次郎が死の直前に託した○○とは?

1959年の映画「世界を賭ける恋」で当時24歳の石原裕次郎さんの兄嫁役とし奈良岡朋子(当時29歳)さんは初共演をしたのですが、奈良岡朋子さんは石原裕次郎さんの第一印象は最悪だったそうです。

NHKの映像提供動画では石原裕次郎さんが奈良岡朋子さんに対してタジタジになりながら謝罪している姿が放送されました。

石原裕次郎さんは、奈良岡朋子さんに対して一生頭が上がらない事件があったそうです。

一体、何があったのでしょうか?

初共演の日、準備万端で臨んでいた奈良岡朋子さんは当時、超多忙だった石原裕次郎さんが寝坊で遅刻し、1時間以上も姿を現れず無礼な行動に奈良岡朋子さんは我慢の限界に達していました。

あくびをしながら登場した態度を見かねた衣装係が、奈良岡朋子さんが待っていることを告げられると、大スターの傲りなく深々とお辞儀をして謝罪をされたそうです。

無事に初共演を果たした石原裕次郎さんは、奈良岡朋子さんの演技は本当に凄いと芸能界の姉として慕い、何でも話し合う関係になったそうです。

実際に仲睦まじい映像や昭和の大スターで超大物俳優・石原裕次郎さんがタジタジになりながら謝罪をしている貴重な姿をご覧下さい。

1986年に膵臓がんで闘病中から石原裕次郎さんはドラマ「太陽にほれろ!」を降板したことで、誰が2代目ボスを演じるのか世間の感心が高まっていた最中に奈良岡朋子さんにオファー。

奈良岡朋子さんも石原裕次郎さんの想いに応えて2代目ボスを演じきりました。

2代目ボスを演じた事で、プライベートで免許証の買い換えで警察署に行った時に署長室でお茶をご馳走になったことがあるそうです。

外苑の中を車で走っていた時に停止線で止まって窓を開けると、警察官から「ご苦労様です」と挨拶されてしまった事があるそうです。

 

ただならぬ関係 大女優・奈良岡朋子 高倉健の号泣事件と死の直前まで○○が贈られていた

1985年、伝説の元ヤクザを描いた物語の映画「夜叉」で高倉健さんが元いた組の女将役として初共演で高倉健さんが涙をしたそうです。
※ビートたけしさんも出演

その現場を知る人物に番組スタッフがインタビューしたのは、撮影を担当した木村大作さんでした。

木村大作さんは、日本アカデミー賞の常連で最優勝撮影賞を5回も受賞し、高倉健作品を9作品も撮り続けてきた日本映画界を代表するキャメラマンです。

木村大作さんが語られた内容を書き起こしてみると・・・

木村大作「健さん日血を評価する時に こういう言い方をするんだよね 奈良岡さんには気を感じる 健さんの希望で奈良岡さんをキャスティングして欲しい」

実は高倉健さんは、奈良岡朋子さんの演技の大ファンだったそうです。

初顔合わせの芝居の時に木村大作さん曰く・・・

木村大作「初めて奈良岡さんと相対する時に最初に健さんが号泣しちゃって 本当に号泣なんだよ」

高倉健さんは、感極まり涙し、撮影でNGを出してしまったそうです。

番組内では号泣後に撮り直した映像「奈良岡朋子さん演じる極道の女将と高倉健さんが再会するシーン」も紹介されていました。

 

その後も高倉健さんは、尊敬の念にさらなる拍車がかかる出来事が起ります。

1999年の映画「鉄道員」で再び共演した時に撮影の合間に様々な会話を交わした中でハワイで美味しいお店を教えてもらい、実際にハワイのベトナム料理店に訪れると店主に「よく対応して下さい」と言付けしていたそうです。

高倉健さんが母親について綴ったエッセイ集「あなたに褒められたくて」を大女優・奈良岡朋子さんがラジオで朗読をしたところ、高倉健さんからお礼の電話がありました。

電話で話していた時に奈良岡朋子さんの母親について会話になった時に両親の他界を高倉健さんに伝えたところ、奈良岡朋子さんの両親の命日(毎年2月と5月)に線香が高倉健さんが亡くなるまで続いたそうです。

二人の大物俳優が尊敬してやまない人物が大女優・奈良岡朋子さんだったのです。