テレビ東京『追跡LIVE! Sports ウォッチャー』では「一流アスリートから人生のヒントを学ぶゾSP」と題してドラゴンの愛称で親しまれて日本人離れした圧倒的身体能力でゴールを量産していたサッカー元日本代表の久保竜彦さんが特集されます。

 

当時は「日本代表史上最強のストライカー」と言われながらも日本代表を仮病で辞退したり、伝説や規格外エピソードを持っていることから「アウト×デラックス」にも出演したことがある久保竜彦さんと家族(娘&妻)も含めて当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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同級生で嫁・佳奈子と保竜彦の馴れ初めは?

福岡県朝倉郡筑前町出身の久保竜彦さんは、幼い頃から読売ジャイアンツのファンで野球をしていました。
※内野手、右投左打の篠塚和典さんの守備センスに憧れていた

小学2年生の頃に遊具で遊んでいた最中に指がとれそな怪我をしてから野球のグラブをはめられなくなった為にサッカーをやり始めたところ野球を辞め本格的にサッカーにのめり込んでしまいました。

筑前町立三輪中学校に入学してからもサッカーを続けた久保竜彦さんは、サッカーの基礎知識を教わらないまま福岡県出身の元サッカー選手だった吉浦茂和さんのの指導力の評判を聞きつけて筑陽学園高校へ入学。

高校卒業後もサッカーを続けるつもりだった久保竜彦さでしたが、大学からオファーありましたが家庭の財政状況から進学を諦め、吉浦茂和さんの強い薦めで当時、広島の中村重和スカウトの力を借りてサンフレッチェ広島F.Cのテストを受けられました。

1995年にサンフレッチェ広島F.Cに加入した久保竜彦さんは、ピッチ外の生活態度が良くありませんでした。

マツダの社員寮でもあった小磯寮に入居した久保竜彦さんは、極度の人見知りで訛った話し方だったことから誰とも口を利かず、食堂で供給される食事が合わなかった事からコンビニの弁当や惣菜パンばかり食べてアスリートの食生活とは言えませんでした。

現状を知った当時の総監督だった今西和男さんは心配して寮の横にある旧知の居酒屋「うみ」のおばちゃんに頼み込んで店主が亡くなって閉店していたのですが、特別に料理を作って貰ったところ久保竜彦さんの口にも合って大変気に入ったそうです。
※居酒屋「うみ」は、元サッカー日本代表の川野淳次さんがすごく旨い海鮮料理のお店とサッカー部に広めた店

食生活が安定すると一気に才能が開花した久保竜彦さんを見て当時の総監督だった今西和男さんは次に私生活を安定させようと決意しました。

相変わらずチームメイトと口は利かず、街で飲み歩くうちに酒場で友達ができていた久保竜彦さんの飲み友達のところへ回って飲みに誘わないでくれと訴え、高校の恩師に連絡を取ったことで久保竜彦さんに彼女がいることを知ったそうです。

その彼女が現在の嫁・佳奈子さんで、筑陽学園高校で知り合った同級生でした。

当時の総監督だった今西和男さんは、福岡にいる両親に「結婚して落ち着けば、日本を代表する選手になれる」と早婚の薦めを語り、1997年7月20日に久保竜彦さんはホワッとした雰囲気の明るい女性の佳奈子さんと結婚。

結婚してからというもの1998年レギュラーに定着して2桁ゴールを記録、同年には日本代表にも選出され、高い跳躍力とスピードを持つ派手なプレースタイルでしたが、インタビューでどんな質問をされても寡黙なことからインタビュアー泣かせとしても有名でしたが、知名度が上昇するにつれて周囲に認知され人気の一因になりました。

結婚した翌年に長女・柚季さん、2004年に次女・杏夏さんが誕生。