毎日放送制作・TBS系列『情熱大陸』では、大手通信会社のエンジニアを経て2015年家庭用ロボット事業ベンチャー「GROOVE X」を設立し、「愛される」ためだけに生まれた最先端家庭用ロボット“LOVOT(ラボット)”開発した林要さんが密着されます。

 

愛着や信頼関係の構築を目的に「LOVE」と「ROBOT」を掛け合わせた「LOVOT(ラボット)」について番組スタッフが約1年間にわたり開発過程を独自取材した内容や林要さんについて当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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AIが教えてくれる人の愛し方 ロボット“LOVOT(ラボット)”開発者・林要の経歴は

母親・美穂子さんと父親・明治さんの間に1973年愛知県生まれの林要さんは内向的で、電動工具会社に勤めのエンジニアだった父親・明治さんの影響から少年時代は空を飛ぶことに強く憧れて機械いじりが大好きでした。

映画および漫画「風の谷のナウシカ」に登場する架空の飛行用装置メーヴェを木製の模型飛行機を改造して1mほどのサイズで作っては実家の2階にある自分の部屋から作った模型をテスト飛行しては改良を続けていました。

中学生の頃は自転車を改造していた林要さんは、1980年代にヒットしたバイク漫画「バリバリ伝説」を読んでバイクに心を奪われて免許取得が許されていた県内の進学高校の受験を決意し、校長面談では無理と言われながらも合格して高校1年生の夏休みに中型免許を取得、夏休みの終わりに念願の大型バイク手にするという決めたらトコトン突き進む性格でした。

東京都立科学技術大学(現・首都大学東京)機械システム工学科を経て、就職か大学院かで迷っている時、父親の薦めで躍進中だったソフトバンクの存在を知って採用試験を受けるも不採用から大学生の時に所属していた航空部の仲間たちと空を飛ぶ夢を叶え、大学院に進んで力学系システム工学を学びました。

修士課程修了後、1998年トヨタ自動車に入社。

トヨタ自動車に痛感しながら学んだこと・・・

トヨタでは同社初のスーパーカー「レクサスLFA」の開発プロジェクトで空気力学のエンジニアとして0.01秒でもタイムを縮めるために知恵を絞って林要さんが考案した部品を実戦投入するたびに入賞した結果からトヨタF1の開発スタッフに抜擢されドイツの開発拠点に渡って4年間第一線で活躍。

しかし、F1の新参者だったトヨタは、次のレースでは歴史ある強豪チームがすぐに追いつかれて1年間を通して勝ち続けるのは至難のワザでトップチームとの壁の厚さを痛感させられたそうです。

空気力学という一分野を担当していた林要さんは、車の周りを流れる空気をデザインするには車全体のデザインをイメージすることが必然的であると気づき、勝てるレースカーの全体像を上司に訴えたそうですが、まともにとりあってはくれませんでした。

林要さんは、自分が正しいと思う仕事をするためには一職人の立場に留まるのではなく、ヒト・モノ・カネの差配に影響力をもつマネジメントの立場にならなければならないと30歳前後の時に痛烈に学びました。

素晴らしいアイデアにを実現するには、アイデアの大きさに相応する影響力が伴わなければならないと学んだ林要さんは、帰国してから「Z」と呼ばれる部門「量販車の製品企画部門」のマネジメントにへの異動を申し出ました。

専門部署を統括してプロジェクト全体をマネジメントしていく司令塔の役割だった量販車の製品企画部門は保守本流の部署だったのですが、肩書が係長級だった林要さんは、自分の2階級上にあたる各部署の部長級と対等に交渉をするように言われて内向的な林要さんにとってかなりきつかったそうです。

また、コミュニケーションが苦手ななだけでなく、仕事上必要な知識もなかった事から四面楚歌のような状況に陥って精神的に追い詰められながらもプロジェクトの調整や進めていくコツ、量販車の知識を蓄えてマネジメントの面白さも実感するもるリーダーシップの重要性を痛感。

2010年6月に孫正義さんが30年間に渡る経営ビジョンを発表と同時に後継者育成機関「アカデミア」の開講を宣言し、2期目からは外部からの参加が認められていました。
※当時のアカデミアは、プレゼンや経営シミュレーションゲームなどで順位がつけられて毎年下位20%は脱落、入れ替えするシステム

2011年、外部1期生として合格した林はグローバルコースを選択し、新事業の提案プレゼンで孫正義さんから「10億円出すからやってみろ」と事業化を許可した案件を提案し、初年度から総合2位でソフトバンクから入社しないかと話がありました。。
※2012年は5位、2013年は3位という好成績を収めている

2012年4月、人型ロボットの市販化に挑戦するためにソフトバンクに入社。
(孫正義さんの「人と心を通わせる人型ロボットを普及させる」という強い信念と人型ロボット工学の世界的な先駆者であるALDEBARAN Robotics SASと出会いから共同で「Pepper(ペッパー)」の開発をすることに)

何度もプロジェクトをうまく舵とりできない局面に陥り、思うように他部署の協力を得ることができず、極度の緊張感に包まれた役員が勢揃いした会議室で孫正義さんが激昂して「お前の情熱が足りないから、プロジェクトが動かないんだ!」と叱られたそうです。

2014年8月1日、ロボット事業を専門にする会社として新たにソフトバンクロボティクス株式会社が設立され、プロダクト本部PMO室室長に林要さんが選ばれました。

2015年6月20日に「Pepper(ペッパー)」を1000台発売。

2015年8月4日に放送された『日経スペシャル ガイアの夜明け 時代を生きろ!闘い続ける人たち』で1開発現場の1年間密着が特集された時にビジョンが実現しなかったことに対して怒りを露わにした孫正義さんが印象的でした。

林要さんが、2015年8月20日に2015年9月7日付でソフトバンクを退社することが公表され、番組放送後のタイミングもあったせいか退職に追い込まれたという話が拡散された模様。

林要さんの経歴をいろんなインタービュー記事を閲覧してみたところ、すごい集中力と根性と行動力があり、またロボットに対する好奇心が非常に高い人物という印象でした。

 

開発リーダー・林要が最先端家庭用ロボット“LOVOT(ラボット)”を作ったきっかけは?