テレビ東京『家、ついて行ってイイですか?』の特別編では「”その後”取材しないとOAできないSP」と題して、しばらく外食できないから…とかっぱ寿司で決意の晩餐をしていた「おおさか家」の自宅に番組スタッフが訪れていた”その後”が放送されます。

 

埼玉・川越出身の”32歳美人看護師・かなさん”こと大阪加奈さんが、高校1年生の時に両親の離婚で妹と一緒に母親側についていってから10年間行方不明になった父親・小林一恵さんから突然の手紙、3週間後の誕生日会など当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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“32歳美人看護師・かなさん”に届いた父親から突然の手紙とは?

ロケをした日は2019年5月24日。

高校1年生の時に両親の離婚で母親側に妹と一緒について行ってからも父親の誕生日(5月30日)には、いつも妹と一緒に会っていましたが、2009年から連絡が取れなくなって、携帯も繋がらない状態でした。

不安になった美人看護師・かなさんは、父親が1人で埼玉に住んでいた家に行くも家も引き払われていたことで行方不明に・・・。

それから10年の時が過ぎてから宮城県多賀城市の保健福祉部介護福祉課から手紙が2019年4月3日に届きました。

届いた手紙ですが”32歳美人看護師・かなさん”こと大阪加奈さんが介護職を始めた僅か2日後の事でした。

最初は、父親の居場所が分かって会えることが嬉しかった”32歳美人看護師・かなさん”こと大阪加奈さんは、宮城県多賀城市にある病院に出向き、再開した時はお互いが泣いたそうです。

大阪加奈さん曰く、再会した時は話をしたと言うよりもまず、自分の家族を紹介したそうです。

最終学歴が板橋区立西台中学校卒業の37歳の旦那・ひろゆきさんは、大阪加奈さんの父親に会った時は「加奈の旦那です」ぐらいしか言えなかったそうです。

話をした時は、父親・小林一恵さんは痩せ細り変わり果てた状態でした。

その理由は、医師から余命1ヶ月から2ヶ月と宣告され、10年以上前から行方不明だった65歳の父親・小林一恵さんは進行性のステージ4の胃がんでした。

埼玉の家を引き払って大工の仕事で軽井沢へ行った後に東日本大震災を機に仕事で宮城県に行った事は知ることが出来ましたが、敢えて居なくなった理由については触れる事ができずじまいでした。

その後、美人看護師・かなさんは、すぐに父親・小林一恵さんを家族の近くの病院に転院させました。

セカンドオピニオンで様々な病院を回ったそうですが、治療の方法がないことから2019年5月14日に自宅で父親・小林一恵さんを看取る事を決めたそうです。

美人看護師・かなさんは、父親・小林一恵さんとの記憶を残しておきたいという思いから毎日、日誌をつけており現状と思いを綴っていました。

旦那・ひろゆきさんも「正直お金は掛かるけども命と変えられない1日でも長く生きてもらいたい」と語られていました。

父親を看取るために医療針は触ることが出来ないため訪問看護師や訪問診療の医師に頼りますが、美人看護師・かなさんは、輸液など自分でできることは父親の入院先の病院で教えてもらい、自宅でちょっとでも楽しくしている状況で処置が出来たらと語られていました。

 

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