テレビ東京系列『じっくり聞いタロウ~スター近況㊙報告~』では「人生が180度激変した人SP」をテーマに2018年3月末でTBSを退社後、フリーアナウンサーとして活動している元TBSアナウンサーの安東弘樹アナが出演です。

 

イケメンアナウンサーなのに今一キャラや立ち位置が定まっていない?安東弘樹アナの極貧幼少期や局アナの給料事情と隠してきた下半身事情について当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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TBSアナウンサーを辞めた安東弘樹アナ今だから語れるTBSの給料事情と衝撃の性生活まで大暴露した内容は?

安東弘樹アナの生い立ち(極貧幼少期) → フリー転身した現在

学内オーケストラの設立へ携わった上智大学出身の父親は、有名企業に就職や結婚を経ても音楽の道を捨てられず、勤務先を退職した上で30歳前半の父親は広島県内の音楽大学へ入学。

広島県内の音楽大学を卒業して安東弘樹アナが5歳、弟の安東茂樹が3歳の時にスペインへ音楽留学するために国費留学という形で一家も留学へ同行。

父親は、スペイン語も話すこともできない状態で現金収入がないためにスペインでは、卵かけご飯と当時出たばかりのカップラーメン送って貰うなどして極貧生活を強いられ、親の仲は悪くなり、けんかしているイメージを濃密に覚えていると明かしていました。

その影響から親以外に頼る人のいない異国の地で兄弟2人だけになった場合、弟をどうやって養えばいいのか真剣に考えた事から非常に慎重な性格になり、スペインに来て2年後に母親と弟と日本へ帰国して広島県内の公立小学校へ入学し、7歳の時に両親は離婚。

母親の実家に身を寄せて、なんとか食べていける生活をしながら成城大学に進学しました。

お坊ちゃま大学の成城大学の学費は、所得が少なかったこともあり、日本育英会の貸し付け型の奨学金が月に約3万5000円と大学ならではの返済義務のない奨学金が月に約5万円の2つとアルバイト生活をして学費の納入を4期に分けてくれたおかげで卒業ができたと語っていました。
※日本育英会の貸し付け型の奨学金は卒業後に15年かけて返済する

成城大学法学部卒業後、1991年4月に、TBSにアナウンサー27期生として入社し、彫りの深い男前なルックスからイケメンアナウンサーとして大人気になって雑誌のグラビアを飾った事もあります。

安東弘樹アナ曰く「30代~40代でTBSの年収は1500万円~2000万円の間だった」そうです。サラリーマンの平均年収の3倍を稼いでいた事になります。
※平成18年3月 有価証券報告書総覧調べ

30代~40代でTBSの年収は1500万円~2000万円の間

番組内で実際に安東弘樹アナが公言していた証拠の画像も貼っておきます。