【前半戦】明石家さんまがなるみ・岡村の過ぎるTVに再出演!絶対に言わない愛した女性3人は?

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永久保存版!明石家さんまさん(秘)伝説第2弾!!「ひょうきん族」から、あのヒットドラマ、そして結婚まで…週刊誌の見出しで紐解くスター・明石家さんま(以下さんまさん)の絶頂の1980年代伝説!!が関西ローカル番組「なるみ・岡村の過ぎるTV」に2015年6月21日に出演されました。

明石家さんま

また、来週の6月28日も出演されるようで、じっくり追跡していきたいと思います。今までの記事にビートたけしさんが出演していた時の内容も公開させて頂いていますので、もしよければ読んでいただけると幸いです。

しゃべくりvs北野武?なるみ・岡村の過ぎるTVはビートたけし!

なるみ・岡村の過ぎるTVビートたけしに聞きた過ぎる100の質問の残りは?

関西ローカル番組「なるみ・岡村の過ぎるTV」に2015年6月21日放送分の

  • 「伝説の番組『オレたちひょうきん族』今だから話せるウラ話!」
  • 「ビートたけしさん&さんまさんのギャラ事情&桑田佳祐さんが書き下ろした“アミダばばあの唄”ウラ話&あの有名ギャグ誕生秘話」
  • 「銀座ホステスとのスキャンダルでサラリーマンが放った痛恨の一言&世界記録!?3週連続ハニートラップの真相」
  • 「明石家さんまさんが絶対に言わない愛した女性3人」

など、当たり障りなく紹介していきたいと思います。

飲み会を断った岡村隆史さんに明石家さんまさんがダメだし

明石家さんまさんが登場してから、いきなりですが岡村隆史さん(以下岡村さん)に対して、今田耕司さんと岡村隆史さんの愛を探す飲み会をセッティングしたのに「今、体のトレーニングをしているので行けません」という理由で参加しなかったそうです。

さんまさん曰く、「なるみ・岡村の過ぎるTV」の出演を引き受けたのに、さんまさんの飲み会には参加しないとはどういうわけだとダメ出しから始まりました。岡村さんは、明日もロケがあったのですみませんと謝罪するのですが、さんまさんも「俺だって仕事があるわ!俺を暇みたいに言うなや!」とツッコまれてタジタジでした。(笑)

それでは、日本一 週刊誌に狙われすぎる男、明石家さんまさんのスター伝説を紐解いていくことにしましょう。進行役には、新喜劇を3回した後にさんまさんに会う事を考えたせいで演技がボロボロだったと愚痴っていた吉本新喜劇座長のすっちーさんが務めました。週刊誌の見出しに沿いながら話は始まります。

さんまさんは週刊誌に狙われすぎる!?

ちなみに1981年から1989年の9年間で週刊誌に載った回数は445回だそうです。さんまさんが27歳になるぐらいに写真誌が登場して、週刊誌が負けないようにと競争し始めた頃だそうです。去年の週刊誌「フライデー」が特集を組んでくれたとさんまさんは言うのですが、「ちゃうちゃう、組んでくれたんじゃなくて勝手に組みやがって」と一人ツッコミしていました。(笑)

そのためにスクープを探そうと必死で、当時、スキャンダラスな芸能人は郷ひろみさん、松田聖子さん、明石家さんまさんという状況だったそうです。郷ひろみさんは、明石家さんまさんが30歳ぐらいの時に結婚してしまい、独身だったのが松田聖子さんと明石家さんまさんということで、その1~2年間は特にターゲットにされたそうです。

当時は、「聖子、さんま、聖子、さんま、聖子、聖子、さんまってカスタネットか!」というぐらいにスクープされていたと明かしていましたが、それでもほとんど撮られていないそうです。今まで50数回、女性とのスクープされている中で、半分以上はダマされて嵌められたと明かしていました。

ダマされ過ぎる!ハニートラップの真相

「人生70年としたらハニートラップは1回か0回あるかないかだと思う」とさんまさんは言うのですが、本人は3週連続ハニートラップに引っかかった事あり、こんな事はおかしすぎると明かしていました。(笑)

3週連続のうちの2人は一般人だったそうです。少し話が脱線していまいますが、そのうちの1人は、2014年5月30日発売号の『FRIDAY (フライデー)』で売名行為と言われたブラジリアンビキニ販売会社・MAKALA代表の田中優衣さんです。

田中優衣さんと知り合ったのは2013年11月のとある飲み会で、さんまさんは、「今度二人きりでデートしようや」と軽く彼女を誘うものの、彼女はその場では連絡先の交換で済ませたそうです。

そして、さんまのメール攻撃についに陥落し、2014年3月に東京千代田区のさんま邸を訪れ、一夜を明かし、それから毎週金曜になるとさんま邸を訪れ、一泊していたそうでお家デートのみの関係で終わっているようです。

田中優衣のプロフィール

田中 優衣

出典:https://www.facebook.com/YUITNK

生年月日:1988年5月28日
身長:161cm
趣味:海外旅行&ビキニで日焼け
言語:日本語、英語、中国語
父親:元関脇・闘竜
職業:株式会社MAKALA(マカラ) 代表取締役、バイヤー、WEBデザイナー

ハニートラップで最近の話になると、時系列では

  • 2013年10月18日発売号『FRIDAY (フライデー)』でセクシー女優の紗倉まなさん
  • 2013年11月29日発売号『FRIDAY (フライデー)』で元セクシー女優でタレントの優希まことさん
  • 2014年3月17日ネット生放送で無名女性タレント(片桐えりりかさん)の暴露
  • 2014年5月30日発売号の『FRIDAY (フライデー)』のブラジリアンビキニ販売会社
  • MAKALA代表の田中優衣さん

という事になるようです。さんまさんは半年余りの間に、4人もの女性に利用された格好のようです。

それでは話を戻します。

また、恋のから騒ぎの出演者は、出たら脱いで『さんまちゃんごめんなさい』というタイトル使って、「俺に謝らんでえぇねん!」とぼやき、「何人もの知り合いの女性が袋とじになって、それを破るのが楽しみ。お前達にはできない経験、破ってそれを見ても知ってるわ!」とできるのは俺(さんまさん)だけと笑いを誘っていました。

絶対に言えない!さんまさんが愛した3人の女性は?続きはPages2へ

絶対に言えない!さんまが愛した3人の女性

明石家さんま1

岡村さんが言うには

「さんまさんは大概教えてくれはんねんけど、3人だけ絶対・・・日本がひっくり返る、北海道と沖縄が入れ替わるぐらいで、絶対言われへんねん!吉本の裏事情は教えてくれはんねんけど、絶対この3人は教えてくれはれへん!墓場までもっていかはるんですって!」

という3人だそうです。

さんまさんに「普段の食事会の時の話をすな!」と頭を叩かれていました(笑)(ここからようやく、週刊誌の見出しに沿って話が進行されていきます。)

※さんまさんが愛した3人の女性の話になるまでに小話があります。週刊誌の見出し似付いては緑色で表記しています。

1981年(26歳) ブラックデビル 「オレたちひょうきん族」がレギュラー放送開始

1回目放送の視聴率は13.4%だったそうですが、元々は視聴率1ケタでした。当時のフジテレビは調子が悪いときだったので視聴率の数字はあんまり意識していなかったし、視聴率の数字を知らなかったと、さんまさんが明かしていました。

1981年5月16日から8月29日まで『決定!土曜特集』枠で放送されたパイロット版で放送回数は8回だったようです。さんまさん曰く、視聴率1ケタだったけども、視聴率20%のような手応えを感じていたそうで、1ケタの番組でも甘く見たらアカン!と言っていました。

当時のテレビ番組の構成は、子どもがドリフターズの「8時だヨ!全員集合」を観て、大人は野球中継を観ていた時代だったと振り返っていました。初回視聴率(1981年10月10日)13.4%に対して「8時だヨ!全員集合」は29.7%でした。本当に「8時だヨ!全員集合」はモンスター番組だったんですね。当初は、「オレたちひょうきん族」は週刊誌からあの笑いはなんだと叩かれていました。

1982年(27歳) 放送開始半年で視聴率20%超え、10月2日の放送で「8時だヨ!全員集合」を初めて抜く!

抜いた時はやった!という事よりもディレクターが「しまった!」と言葉を発したことをさんまさんは覚えているようです。「8時だヨ!全員集合」の下をもう暫くはついていきたかったと後悔していたそうです。2番手という位置が一番良くて、1984年から常に1位になってしまい胸を借りていた時が良かったと何故か岡村さんがメルマガ「明石家さんまヒストリー」とバッチリ話が合っていると力説していました。(笑)本当にさんまさんが好きなんですね。

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タケちゃんマンたすけて~明石家さんまが愛人(銀座ホステス・26才)との離別で窮地に1000万円の慰謝料をめぐって、親愛の情も薄れて

その日だけ車のトラブルか何かで急がなくてはならない状況だったらしく電車に乗ったそうです。電車の中吊り広告に週刊誌の見出しが書かれていて、顔を隠しながら乗っていたそうですが、サラリーマンに「泥沼なん?なぁなぁ泥沼なん?」と質問されたそうです。

「えっ?」とさんまさんが反応すると、中吊り広告を指さして「これ、これ。」と言われたので、広告を見て「泥沼やねん!」と返したところ、サラリーマンは爆笑だったそうです。(この内容は漫談で話したことがあるエピソードだそうです。)

何度かこの方と記事になってしまい、さんまさんは「サイテー男」というレッテルが貼られることになります。当時では、芸能界では致命傷と言われるほどの事態だったそうです。

初スキャンダルでタレント生命の危機!?

若いスタッフさんに「さんまさんは僕たちで守りますんで!」と言われいろいろとフォローをしてくれたそうです。また、ぼんち揚げ(ぼんち株式会社)の社員からイメージダウンになるから降板させようと言われたそうですが、社長自ら「さんまくんしかダメだ!」と継続してくれたそうで、今でも感謝でぼんち揚げを食べているそうです。

スキャンダルをすれば当時では、本当にタレント生命が絶たれるという時代でローカル局・関西では降板させるという状況の最中、フジテレビだけ、この記事で「盛り上げてくれてありがとうございます」と表彰してくれたので、フジテレビの番組を頑張った(助けられた)と明かしていました。

なかなか、絶対に言えない!さんまさんが愛した3人の女性が出てきませんね・・・続きはPages3へ

1983年(28歳) ブラックデビルJr./あみだばばぁ 「アミダばばあ」の歌を桑田佳祐さんが作曲

23~4歳の時にラジオのオールナイトニッポン1部を桑田佳祐さん、2部をさんまさんが担当していたこともあり、桑田佳祐さんとは認識があり、仲もよかったので「オレたちひょうきん族」であみだばばぁを演じてる時のアドリブで歌っていたのを曲にしてもらおうと思ったそうです。

1980年から紳助・竜介が司会を担当し、ABCホールで公開録画していた音楽番組「ヤングプラザ」でレギュラーでコーナーのゲストを務めていたそうです。

さんまさんの1日を密着しているカメラが同行していた時に偶然、サザンオールスターズがゲストだったのでお願いしたそうです。

桑田佳祐さんに曲を依頼して大事件に!?

さんまさんは、桑田佳祐さんが誰にも曲を書き下ろすことをしない事を知らなかったそうです。桑田佳祐さんは、友達だし、ちょっと金貸して、みたいな感覚でお願いしたら「いいよ!」と、そのやりとりをさんまさんの1日を密着しているカメラに撮られていたそうです。やりとりとしては、

さんまさん 「あみだくじ あみだくじ 引いて楽しいあみだくじを歌詞に入れて」

桑田佳祐さん 「え?それ入れなきゃダメなの?マイナー、メジャー?」

さんまさん 「何がでっか?響きはメジャーなのがよろしいな!」

桑田佳祐さん 「ボサノバもさんまちゃん入れちゃう?」

さんまさん 「入れちゃいましょ!何でも入れちゃいましょ!」

という感じで会話を桑田佳祐さんのマネージャーが社長に一部始終を伝え、白紙にしてもらおうと話を持ちかけてくる前に証拠の(さんまさんの1日を密着)映像があるということで実現した曲だそうです。

曲が発売したのは、さんまさんがあみだばばぁを演じなくなってからだそうです。それだけ揉めていたのかもしれないですし、当時はCDではなく、レコードだったので出来上がるまで時間がかかっただけなのか、タイミングが良ければ100万枚売り上げていたかもしれないとさんまさんは語っていました。

そのお返しという意味含めて、1985年9月14日発売したサザンオールスターズの8枚目のオリジナルアルバム『KAMAKURA』(カマクラ)、「国民待望の2枚組」という触れ込みで発売され、CMには明石家さんまが出演しています。(ギャラはウォークマン1個だったそうです。)

1987年3月21日、桑田佳祐さん、高見沢俊彦さん、松山千春さん、CHAGE & ASKA、ケラさん、武内亨さんなど、超豪華作家陣が参加した明石家さんまのアルバム。名曲「アミダばばあの唄」始め、「真赤なウソ」、「ビックリ箱のうた」、「シングル・ベッド」、「しあわせって何だっけ」など、ヒット曲中心に全10曲収録した「世渡り上手」というアルバムが発売されました。

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ギャグ「あみだばばあ」大ヒットで・・・!?

当時、目の前に高校がある福島のマンションの3階で寝ていた時に、高校生が団体で「あみだくじ あみだくじ・・・」と歌っているのを最初は大ヒットしている夢と思ったそうです。実際は、本当に歌っていたそうで、その時は、あみだばばあ1回目の放送だったそうです。番組の力を知り、感動して泣いたとさんまさん言った後に、岡村さんとなるみさんの反応みて「ごめん、うそ!」と笑いを誘っていました(笑)。

安かった!?「ひょうきん族」のギャラ事情

吉本興業は、メンバーで渡された金額を分けて下さいというシステムだったそうです。当時は、さんまさんが一番下の後輩だったで、一番活躍していました。一度ビートたけしさんにギャラいくら貰ってるのと質問されたから答えたらビートたけしさんは全く悪くないのに「ごめん」と言われたそうです。

構成作家としてネタも作っているからバーターとしてではなく、「放送作家としてさんまちゃんにギャラを渡してくれ」とプロデューサーにビートたけしさん自らお願いしてくれたそうです。
※バーター:メイン出演者と同じ所属事務所の新人俳優、女優を出演させる事

1984年(29歳) なんですかマン/サラリーマン 『心はロンリー気持ちは「・・・」』放送

表向きは恋愛ドラマだが、エキストラ・背景などにギャグが散りばめられた異色のコメディだった『心はロンリー気持ちは「・・・」』が始まった頃には大分仕事も落ち着いてきたそうです。

遊びは暇なときにはせず、忙しい時にこそ遊んだそうです。男は特に疲れている時に子孫を残そうと本能がそうさせるんだと思うとさんまさんは言っていました。

誰がモテた!?「ひょうきん族」時代

ひょうきん族の時代は、演者以外にディレクターもモテたそうです。スタッフじゃなくてもひょうきん族の台本を丸めてジーパンの後ろポケット突っ込んでいただけでもモテたと明かしていました。

ひょうきん族の収録中でもとんでもない美人が観に来ていたそうで、さんまさんが水風船を観客に投げていたのは「今日はお前やで!」という意味なんですかと質問するとさんまさんは「違うわ!」と即答(笑)。

さんまさんは、番組本番で出会った人には手を出さない、笑いに夢中になっているそうで、そんな余裕はない、俺を夢中にさせてくれる女はなかなかいないと笑いを誘っていました。それにしてもなかなか、さんまさんが愛した3人の女性の話が出てきません・・・。

本当にさんまさんが愛した3人の女性の話はないまま終わるのか?続きはPages4へ

1985年(30歳) しっとるケ/パーデンネン 9月「8時だヨ!船員集合」終了

ライバル「8時だヨ!全員集合」が終了したこの時期にスクープの見出しが連発し始めます。(笑)

明石家さんま2

ギャルに「公開エッチせえへんか」女断ちした博多の夜に脱いで騒いで・・・

週刊誌に叩かれて「サイテー男」と言われて、女はやめるとか言ったそうです。その状況に立たされていにもかかわらず好感度No.1にも選ばれたそうです。新聞で好感度好触度と見間違えて変なものに選ばれたと思ったそうです。(多分これは持ちネタですかね・・・。)

ギャグ「いらっしゃいまほ」の元ネタは風俗嬢!?

No.1の人気者愛美ちゃんが、ギャグ「いらっしゃいまほ」の元ネタなのですが、とにかくサービスが良かったらしく、いらっしゃいませを言い切れないほどサービスが良かったそうです。いらっしゃいませを言い切ったら店長に怒られるからと笑いに変えていました。

さんまさんも子どもが真似したらこれはアカン!元ネタを言わずに墓場まで持って行こうと思っていたギャグだそうです。吉本新喜劇座長のすっちーさんが、そんな意味から来ているギャグと知らずに小さいとき真似してやっていたと話をしていた時の画像でご覧下さい。それぐらい衝撃告白だったことがお判りでしょう・・・。なるみさんも衝撃と呆れが混ざったような状態でした。

吉本新喜劇座長のすっちー

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その後さんまさんは、ギャグとして流行らせたいわけではなかったと語り始めました。渡辺正行さんの母親が収録を観に来ていた時の話です。渡辺正行さんが、ワンシーンだけ母親を出演させて欲しいと言われ、ドアから入った後は、さんまさんに任せて下さいという話がまとまり、母親の化粧待ちにそれは起きました。

待っている間に、ギャグの元ネタのお店に話しで盛り上がっていたそうで、準備が整って、さんまさんが発した第一声が「いらっしゃいまほ」だったそうで、いわば身内ネタだったのが、流行ってしまったそうです。

さんまさんに会うために風俗嬢になった女性の奇跡

深夜ラジオで情報を得て、北海道に行ったり、博多に行ったり、大阪の梅田のよく行っているお店に面接に行ったりしていた女性だそうです。案の定、そのお店に行ったそうです。

その時に、そのお店の店長から「すみません、こちらから指名させて下さい」と言われたそうです。

その女性はさんまさんに会ったときに体を震わせ、号泣したそうです。その時だけは、さんまさんは何も出来なかったそうです。あれはいい経験だったと明かしていました

※ビートたけしさんも似たようなエピソードを持っています。お読みになる場合は下記を参照ください

ビートたけしさん会いたくてピンクなお店で働く女性?(小話)

岡村さんに会うために風俗で働く女性もいる!?

岡村さんは、北海道でお金を払っているのに付き合ってくれないとやりませんという女性にあたった事があるそうです。それを話したときの「えっ?」という状況をご覧下さい。

岡村隆史

なぜ共演者が「えっ?」となった理由は、さんまさんの話の場合は、立場的にさんまさんが上で話がすすんでるのに対して岡村さんの場合は女性が上になって話が進んでいるからです。

画像には写っていませんが、吉本新喜劇座長のすっちーさんは声に出して「えっ?」と反応していました。(笑)

北海道なのに大阪城というお店だったと言う岡村さんに対して、さんまさんは「知らんがな!アホ!」と言い、なるみさんからも「選んだのはお前や!」と言われる始末。(笑)その時の表情の岡村さんが下記になります。

岡村隆史1

さんまさんの父が奈良でスナック「さんま」開店

さんまさんと同じようによくしゃべる父親だそうです。オープニングで間寛平さんが行ってくれたときの話で、父親がギャラを祝儀袋にいれないまま渡したそうです。それから10年ぐらい経ってから「さんまちゃん祝儀袋にギャラがはいってなかったんやけど・・・」と言い寄られたそうです。なぜ、10年も寝かしてたんでしょうね(笑)

さんまさん父の葬儀で間寛平さんが大失態!?

ワイシャツを間違って女性のレースの入ったブラウスを来ていたそうで、それを隠そうとしていたのか、首回りを隠して挙動不審だったのでさんまさんが「兄さんどないしてん?」とめくり、「人の親父の死をバカにしてるのか!」と言うと間寛平さんは「さんまちゃんのお父さんの葬式でも怒られてる・・・」と言っていたそうです。

1986年(31歳) バイキンガーZ 大ヒットドラマ「男女7人物語」放送

この年で週刊誌の見出しはと言うと

明石家さんま3

と、ここで放送は終了してしまいます。全くさんまさんが愛した3人の女性の話がでてこない!来週もさんまさんが出演します。本当にさんまさんが愛した3人の女性の話を少しでも語ってくれるのでしょうか?続きは

【後半戦】明石家さんまがなるみ・岡村の過ぎるTVに再出演!絶対に言わない愛した女性3人は?

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