2016年5月2日、テレビ朝日『しくじり先生 俺みたいになるな!! 3時間スペシャル』では学校が嫌いなのに教師になって生徒に迷惑をかけた先生としてサイエンスプロデューサー・米村でんじろう先生が出演です。

米村でんじろう

出典:http://music-book.jp/

実は学校が大嫌いだったと告白し、それなのに教師になって教師時代には好きな実験ばかりして生徒や保護者から大クレームを受け、極度の人見知りで一人縄文人ごっこをしていた米村でんじろう先生と「好きなことだけをやって現実逃避しない」ための教訓ついて当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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Wikiより詳しい?米村でんじろうのプロフィール

本名:米村 傳治郎(よねむら でんじろう)※1
生年月日:1955年2月15日
出身地:千葉県市原市
出身高校:千葉県立市原高等学校
最終学歴:東京学芸大学教育学部 → 東京学芸大学大学院理科教育専攻科
職業:サイエンスプロデューサー、有限会社でんじろうサイエンスプロダクション代表取締役
趣味:フライフィッシング
配偶者:あり(一般女性の律子さん)
サイト:米村でんじろう サイエンスプロダクション
備考①:自分自身が電気ショックでビリビリするのは苦手
備考②:弟子にサイエンスエンターテイナーのチャーリー西村さん、ジャイアン村上さん、市岡元気さん、海老谷浩さんがいます

※1 婿養子で旧姓は「戸谷(とや)」

【受賞歴】

1996年 「協力なリサイクル電池の発明」で、第一回科学技術体験 活動アイデアコンテスト・科学技術庁長官賞 受賞

1998年 第一回科学技術普及啓発功績者として科学技術庁長官賞 受賞

少年時代(昭和30年代頃)は、未舗装の道路ばかりで、自宅は藁ぶき屋で戦前の農村のような雰囲気な場所で過ごしたそうです。子どもの遊び場になるような小川や、森林が周りにたくさんあり、手先は割と器用だったことともあり、遊び道具も作っていたそうです。
※最初は木の枝にゴムを張ったパチンコ程度だったのが、次第にエスカレートして、ついには火縄銃になったとか(笑)

自然に親しむ中で、星や植物、生き物など、自然科学にどんどん興味がわき、学校の理科の授業と簡単な工作や実験、NHKの実験番組で学び、理科の成績は5段階評価で5とか4だったそうです。

家からでんじろう(中学時代)

中学2年生ぐらいから理科の時間も実験が少なくなり、高校受験対策の授業が多くなった為、学校の勉強が嫌いになっていきました。15歳の頃に大阪万博が開催され、「明るい未来をつくる」ものというプラスのイメージがかなり強く、米村でんじろう先生も科学は人類の夢を広げてくれる素晴らしいものと考えて、漠然とした憧れを抱いていました。

社会にでんじろう(高校時代~)

葉県立市原高等学校の普通科に進学した頃は、日本は高度経済成長の波に乗り、大学進学率が急上昇していました。両親からも「国立なら」と言われましたが、一期校の旧帝大系はまったく太刀打ちできませんでした。

結果、三浪して二期校だった東京学芸大学の理科教育科に進学しました。
※教師になろうとは全く思っておらず、入れそうだからと思って受けてみたら合格したと明かしています。三浪していた3年間は非常に辛くてプレッシャーに押し潰されそうになっていたそうです

大学2年までの教養課程を何とかこなしていたが、専攻していた物理学は、3年以降は相対性理論や量子学など複雑で専門的になり、得意だったはずの物理が全然分からなくなって落ちこぼれていったそうです。
※当時はその事でコンプレックスの塊で「こんなものは特別に頭のいい人か、教授になる人がやるもんだ。自分は彼らとは人種が違うから無理」と考えるようになり気は楽になったそうですが、単位を大分落としたようです

1980年代初頭、大学を卒業するために、研究室に何とか入れてもらい、お金も彼女もいないが時間だけ持てあましていた事もあったため、朝から晩までコツコツと研究室のパソコンに没頭していきました。

研究室の誰よりもパソコンが使えるようになり、物理現象のシミュレーションをするプログラムを作ったりして次第に先生達からも「これをプログラミングして欲しい」と頼まれるようになりました。落ちこぼれだった自分が自信を取り戻せたという意味で、パソコンとの出会いは大きかったそうです。

大学院へ進学後、2年かけて大学院を修了し、研究者を目指してドクターコースのある大学院を受けては落ちてを繰り返して3年の歳月が流れ、29歳になっており、一般会社に就職するには年をとりすぎており、研究者の蜜も全く見えてこず、三浪の時のように強迫観念に苛まれていました。

大学院に進学した時に、米村律子さんと出会い、大学院卒業を機に結婚しました。
※婿養子として結婚

そんな中で「科学の楽しさを生徒に伝える理科の先生になるのも悪くないんじゃないか?」と思い直すようになり、教員採用試験を受けて、都立高校の物理の新人教師になりました。

無断の遅刻や早退が当たり前といったタイプの生徒、少し荒れている東京郊外の高校に(学校法人自由学園講師)配属され、米村でんじろう先生は見た目が若かったので、生徒達になめられて授業を聞いてもらえる状態ではなかったそうです。

米村でんじろう先生は、授業に興味を持ってもらうか考え「物理も自然科学だから、とりあえず面白いことをやって生徒の興味を引く」為に、みんなに手をつながせて静電気で軽く感電させてみたり、自然観察で外に連れ出して、野山の草花や椎の実をビーカーで茹でて食べさせてみたところ、生徒の反応にやりがいを感じたそうです。

その高校に8年間の勤務を経て、別の進学校に異動して3年が経ち、勉強が好きなわけではなかったこともあり、次第に違和感を覚え始め「自分はいい教師にはなれない」と行き詰まりを感じ始めました。

米村でんじろう先生は、最初の高校に勤め始めた頃から、学外の授業研究会に所属しており、その縁でNHKの実験番組の助手をしたり、アドバイザーとして企画に協力したり、科学館の手伝いをしていました。

米村でんじろう先生は、外の世界も見えていたので「教師以外で科学にかかわる仕事ができないものか」と転職願望が膨らみ続け、39歳の終業式の直後に、思い切って校長先生に「辞めます」と伝えましたが「東京都は今、教師が余っていますから。辞めてくれたら万々歳です」くらいの調子で言われて引き留められもせず辞めました。

1996年、公務員という安定した地位を捨て、フリーランスになり、40歳でサイエンスプロデューサーとして独立。

1998年に「米村でんじろうサイエンスプロダクション」を設立。

 

しくじり先生の生徒(出演者)

あき竹城
生田絵梨花(乃木坂46)
伊集院光
ISSA(DA PUMP)
岡本夏美
金子理江
菊地亜美
榊原郁恵
澤部佑(ハライチ)
関根勤
高橋英樹
高山一実(乃木坂46)
舞の海
眞鍋かをり
峯岸みなみ