2015年10月7日、日本テレビ系列『1億人の大質問!? 笑ってコラえて!』では「ノーベル賞じゃないけどノーベル賞くらいスゴイ賞を取った日本人の旅」と題して第1回目は、エルマー・A・スペリー賞を受賞した山口琢磨さんを取材されました。

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エルマー・A・スペリー賞とは、運送技術発展に貢献した人に与えられる、いわば『輸送技術界のノーベル賞』だそうです。東京帝国大学第一工学科(現:東京大学)出身で、世界の海運、水運に革命をもたらす装置を発明し、90歳にして現役の社長・山口琢磨さんについて当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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タイセイ・エンジニアリング株式会社代表取締役・山口琢磨のプロフィール

山口琢磨

出典:タイセイ・エンジニアリング

1925年(大正14年)生まれ。旧制松江中学校(4年修了)から旧制松江高等学校を経て、1946年(昭和21年)東京大学第一工学部船舶工学科を卒業しました。戦時中、工学部・造兵学科(後の精密工学科)、航空学科、船舶工学科は秀才の集う学科として知られていました。

大学院に進みましたが、結核のため6年に及ぶ療養生活を余儀なくされ療養中に好きな語学の勉強に勤しみ教養を深め、英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、スウェーデン語を学ばれ、後にスエーデン⽂学(ノーベル賞作家ラーゲル・クヴィスト)の翻訳者にもなる素地はこのときに作られたそうです。
※1951年にノーベル文受賞したスウェーデンのラーゲルクヴィストの小説二編を翻訳したものが、主婦の友社刊 「ノーベル賞文学全集」第十一巻に収められています

1953年(昭和28年)、防衛庁の警備艦の設計に携わりプロジェクトチーム解散後の1958年(昭和33年)に仲間と船の設計会社(現在の『タイセイ・エンジニアリング』)を設立しました。設計部⻑として各種船舶設計を担当してからて1985年(昭和60年)、代表取締役に就任し現在に至ります。

 

2010年「航洋押船技術」で山口琢磨はスペリー賞を受賞

スペリー賞とは、輸送関連技術の進展とイノベーション促進にかかわる卓越したエンジニアリング上の功績を表彰するものだそうです。エルマー・A. スペリー(Elmer Ambrose Sperry)に因んで1955年にアメリカで設立されました。

エルマー・A. スペリー(Elmer Ambrose Sperry)は、アメリカの電気技術者,発明家,企業家。エジソンに次ぐ発明家で、生涯の特許数400以上あります。コーネル大学で学び、発電機とアーク灯の改良後、シカゴに電機工場、鉱山用電機工場、電気鉄道会社、蓄電池会社、ワシントンに電気化学研究所を次々に創設しました。

食塩から苛性ソーダの製法や塩素利用のスズ回収法を開したり、。また船舶や航空機に使うジャイロコンパスを開発し、1910年スペリー・ジャイロスコープ会社を創立。ジャイロコンパス(回転羅針盤)は、アメリカ海軍で採用となり、国家レベルで技術政策に関与された人物です。

日本人では、1966年に国鉄の技師長だった島秀雄さんら3名が「東海道新幹線」島秀雄さんら3名が受賞し、山口琢磨さんで2人目です。

 

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