2016年11月20日、TBS系列『情熱大陸』では、家族は父親と兄の3人で「どんな暗闇でも明るい光を放ち続けられますように」という願いを込めて『蛍』と名付けられた日本を救った男・山口蛍さんの傷だらけの1年を密着した内容が放送されます。

2016年1月30日、ドイツ・ブンデスリーガのハノーファー96に移籍してブンデスリーガ第19節バイエル・レバークーゼン戦でブンデスリーガ初出場したが3月29日に鼻、眼窩底の骨折で6月19日、古巣のセレッソ大阪へ復帰した山口蛍さんについて当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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Wikiより詳しい?山口蛍のプロフィール

出典:

本名:山口 螢(やまぐち ほたる)
カタカナ:ヤマグチ ホタル
ラテン文:YAMAGUCHI Hotaru
生年月日:1990年10月6日(26歳)
出身地:三重県名張市
身長:173cm
体重:72kg
趣味:オンラインゲームと買い物

在籍チーム:セレッソ大阪
ポジション:MF (OH, CH)
背番号:41
利き足:右足

「どんな暗闇でも明るい光を放ち続けられますように」という願いを込めて名付けられたそうです

父親。憲一さんの影響で2歳年上の兄・岬さんが先にサッカーを始めて山口螢さんは小学3年生の頃から箕曲WEST SCに入団してサッカーを始めました。小学生の頃はポジションはボランチやトップ下が多かったそうです。
※商社の営業マンの父親は箕曲WEST SCのコーチをしていました

招待試合に出場にした時に対戦した京都サンガに勝ったところ「(入団テストを)受けに来てくれないか?」と誘われて中学校進学してからガンバ大阪、セレッソ大阪、京都パープルサンガの入団テストを受けたところ、テスト当日に合格の通知をくれたセレッソ大阪U-15へ入団しました。

加入したばかりの頃は、自分が一番下手と思っていたようで電車で片道2時間かけて練習場に通う日々を送りながら頑張ったことで中学1年の終わり頃には日本サッカー協会のエリートプログラム「JFAエリートプログラム」の1期生に選出されました。

小学4年生になった時に両親は離婚し、兄・岬さんと山口蛍さんと時間を供に過ごすことを選んだに忙しい営業マンを辞めた父親は、朝は新聞配達、夜はバーテンダーとして働いていたそうです。