ユーロビジョン・ソング・コンテスト(2014)とは?

Eurovision

欧州連合(EU)とは別の組織の欧州放送連合の加盟放送局を持つ国々から選ばれたミュージシャンたちが競い合う、1956年以降から毎年恒例になっている音楽祭です。ちなみに、1956年に初の優勝国となったのはスイス代表のリス・アシア(Lys Assia)で「リフレイン(Refrain)」という曲を歌いました。

コンテストの優勝によって名声をてにし、その後活躍したアーティストでは1974年大会に「Waterloo」を歌ったABBAがいます。ABBAはこの大会で最も活躍したバンドのようです。また、セリーヌ・ディオンも1988年大会でスイス代表として「私をおいて旅立たないで」を歌い優勝しているようです。

ただし、この大会で優勝してから国際的に有名になり活躍するまでに数年かかっていることもあり、ユーロビジョン・ソング・コンテストで優勝すれば必ずしも世界的に売れる歌手になれるとは言い難いようです。

余談ですが、1980年大会で「What’s Another Year」、1987年に「Hold Me Now」、1987年に自身が歌った「Hold Me Now」で同一人物による複数回の優勝を果たしたているのが、アイルランド代表のジョニー・ローガンだけだそうです。

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コンチータ・ヴルスト(コンチータ・ウルスト)からみた日本の印象は?インタビューを受けて分かったこと?

コンチータ・ヴルスト浴衣

出典:Twitter

コンチータ・ヴルスト(コンチータ・ウルスト)は浴衣を着て、ちょうど七夕の人言うこともあり、願い事を書いて笹に吊したようですね。「すごくビューティフルで、スピリチュアルで、エモーショナル」でこんな経験をさせてもらい光栄だったとインタビューで明かしていました。

インタビューの記事では、インタビュー時は英語で話をしているようですが、男性形のトーマス・ノイヴィルトの時はオーストリア方言、女性形のコンチータ・ヴルスト(コンチータ・ウルスト)の時はドイツ語で会話をしているそうです。

ユーロビジョン・ソング・コンテストで優勝した時は、自分自身も興奮しすぎてしまったようです。大会開催地のコペンハーゲンから帰宅した時は、家族や友人はみんな泣いて喜んで、コンチータ・ヴルスト(コンチータ・ウルスト)をとても誇ってくれているそうです。

 

これからのコンチータ・ヴルスト(コンチータ・ウルスト)の活躍に注目ですね。