2017年6月13日、日本テレビ系列『ザ!世界仰天ニュース2時間SP』では「人気芸人!ウソみたいな苦労話」をテーマに南海キャンディーズのしずちゃんこと山崎静代さんのボクシング専属トレーナーだった梅津正彦さんのオリンピックの夢のため、二人で歩んだ感動の物語が紹介されます。

 

2012年1月にメラノーマという悪性の皮膚がんが発症してからリンパ節に転移して2013年7月23日の末期がんで亡くなった梅津正彦さんについて当たり障り無く紹介してみたいと思います。

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Wikiより詳しい?梅津正彦のプロフィールと経歴・学歴

出典:

名前:梅津 正彦(うめつ まさひこ)
生年月日:1968年12月13日
没年月日:2013年7月23日
出身地:山形県酒田市
血液型:
出身高校:山形県立酒田東高等学校
出身大学:中退
職業:アクションディレクター、コーディネーター、ボクシングコーチ
肩書き:“勝たせ屋”コーチ&アクション・ディレクター
配偶者:黒瀬敦子(日テレアックスオンのディレクター)

Twitter(ツイッター):@masahikoaction(https://twitter.com/masahikoaction)

高校卒業してから上京してソウルオリンピックを目指すが怪我のために引退後は映画監督を目指して松竹シナリオ研究所に入所して野村芳太郎監督の戦争ドキュメンタリー作品や七人のおたくなどの助監督やアクションディレクターを務めました。

脚本家の一色伸幸氏に弟子入りするが脚本は書けずじまいであまり向いていないといわれた後ボクサーの経験をいかして慶応高校、慶応大学特別コーチとしてインターハイなど全国大会で活躍する選手を育てました。

ヨネクラジム、ワタナベジムのトレーナーとして日本チャンピオン、東洋チャンピオンを手掛けました。
※歴代世界戦KO率日本No.1のボクサーだった内山高志さんのトレーナーを務めていました

プライベートレッスン専門で梅津ボクシング倶楽部を主宰しながらダイエット指導等も行っていました。2008年1月に日テレアックスオンのディレクターの黒瀬敦子さんを結婚。息子・悠正(はるまさ)くんを授かりました。

2008年6月19日から7月24日に放送されたNHK総合テレビ『乙女のパンチ』でプロボクサーになることを夢見て上京してチャンピオンの座を目指す早乙女ひかる 役を演じたのがしずちゃんこと山崎静代さんでした。

その時にボクシングの指導したのがドラマのアクション指導を務めていたトレーナーの梅津正彦さんでした。その後タレント活動も並行しながら本格的にアマチュア女子ボクシング選手としての練習を始めて2009年2月にはC級ライセンスを取得。

2011年11月に病気が発覚した梅津正彦さんは2012年1月27日、太ももの腫瘍に悪性の疑いがあると診断され、1週間後にメラノーマ(悪性黒色腫)という皮膚がんと判明。

2012年1月、2月と切除手術を受けましたが、がんが肺に転移して余命1年と宣告されましたが、

 

 

2013.7.20 DEEP TOKYO IMPACT 梅津正彦氏(しずちゃんトレーナー )亡くなる3日前の来場挨拶