2017年5月28日、テレビ朝日系列『しくじり先生 俺みたいになるな!!』では1980年代に小学生の間で特技「16連射」で絶大な人気だったゲームの達人・高橋名人がしくじり先生として登壇します。

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出典:https://mantan-web.jp/

サラリーマンがある日突然ゲームの達人になってから子供をだまし続けてストレスと過労で全身じんましんになった事や名言「ゲームは1日1時間」で上司を激怒させた体験談など含めて当たり障り無く紹介してみたいと思います。

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Wikiより詳しい?高橋名人のプロフィールと経歴・学歴

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本名:高橋 利幸(たかはし としゆき)
生年月日:1959年5月23日
出身地:北海道札幌市西区琴似
血液型:O型
身長:163cm
体重:68kg
出身高校:東海大学付属第四高等学校
出身大学:北海道自動車短期大学 中退
備考:一般社団法人e-sports促進機構代表理事

 

ゲームの達人・高橋名人が誕生したきっかけは?

スーパーマーケット「札幌フードセンター」でのアルバイトに熱中しすぎた結果、北海道自動車短期大学を3ヶ月で退学して、そのまま入社して正社員として3年間働いて青果部の主任に昇格しました。

1981年の春頃に仕入れや在庫の管理、伝票整理に嫌気を指し、当時8ビットパーソナルコンピュータMZ-80B一式を約70万円でローンで購入したことがきっかけに一念発起してプログラミング言語BASIC(ベーシック)を30程度覚えた所で「札幌フードセンター」を退職。

その後カルチャーセンターの講師に就いて生徒から様々な質問に答えていく内に知識を深めて1982年8月、友人の影響と家から近い理由からハドソン(現・コナミデジタルエンタテインメント)の面接を受けたところ、営業部に入社しました。
※採用された理由はハドソン創業者の工藤裕司社長が面接前に偶然にも高橋利幸さんが勤める店で屋外で販売していた時の声の大きさに印象を持っていたようで「こんな声がデカくて八百屋みたいなやつが業界に入ってきたら面白い」という理由からだったそうです

入社4日目には「東京に行け」と命じられてハドソンのファミリーコンピュータ参入をきっかけに宣伝部に移り、1985年3月15日に東京・松坂屋銀座店の屋上で行われた月刊コロコロコミックが主催の「コロコロまんが祭り」で1000人ほどの親子連れの前でハドソン社員としてファミコンの『チャンピオンシップロードランナー』を実演で参加したところ2~300人が残ってサインをねだる事態が起きました。

ハドソンが急遽ゲーム大会「ハドソン全国キャラバン」を立ち上げ、ゲームの実演役として高橋利幸さんに白羽の矢が立ち、ラジオ体操の先生みたいなものとして考案されたことで「高橋名人」が誕生しました。

1985年5月3日、「コロコロまんがまつり・スターフォース発売前ファミコン大会」で高橋利幸さんは高橋名人として初登場して認知されるようになりました。

余談ですが、36本発売したファミコンカセットの中で100万本以上売れたソフトは下記の4作品になります。

  • ロードランナー(110万本)
  • 忍者ハットリくん(150万本)
  • 高橋名人の冒険島(105万本)
  • ドラえもん(115万本)

 

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