2017年6月28日、日本テレビ系列『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』では「日本列島 名前の旅」の企画で苗字ランキング3位の高橋さんの数は142万人を超える中でギネス公認の現役最年長パイロット・高橋淳さんが出演です。

高橋淳1

出典:http://next.rikunabi.com/

太平洋戦争の激戦を生き抜いてきた元海軍パイロット・高橋淳さんの今現在の年齢は94歳で超絶飛行テクニックや一式陸上攻撃機を操っていた飛行機の神様の高橋淳さんとゲストの伊藤淳史さんとの意外な縁も含めて当たり障り無く紹介してみたいと思います。

スポンサードリンク

高橋淳(現役94歳最年長パイロット)の壮絶な人生とは?

小学生の頃から飛行機が好きだった

高橋淳さんは民間パイロットを

目指していた矢先に太平洋戦争が始まりました。

先輩の体験談から敵艦の弾道を予想して

弾幕をくぐり抜ける飛行方法を独自に

編み出して「何があろうと行きて帰る」と

心に念じて搭乗員にも遺書を書かせなかった

そうです。

太平洋戦争の終戦後は予科練の後輩と

設立した日本飛行連盟に加入して小型機の

教官や宣伝放送のパイロットを務めたそうです。

大手の航空会社からも声がかかったそうですが

パイロットはアメリカ人がする為に

高橋淳さんはパーサーとして働くようにと

言われて断ったそうです。

 

 

 

テストパイロットの経験や災害時には

赤十字飛行隊として隊長を務めて

ボランティア輸送にも参加しています。

テストパイロットをした時は大工や

蕎麦屋の店主が趣味で作った飛行機で

妻に止められかけたことがあったそうですが

高橋淳さんの思いを汲んで許可したそうです。

49歳の時に独立してフリーパイロットになり

生活していくために空の便利屋さんと

いわれるぐらい何でもこなしたそうです。

映画の撮影、国内地図の写真撮影や

天然記念物のトキを輸送したことがあるそうです。

飛行機の神様といわれている高橋淳さんは

90歳を超えてなお鳥のように飛べるなるのが

目標で飛んだ日は毎日反省をするそうです。

反省する理由は

「せっかく生まれてきたんだから僕は死ぬまで進歩したい」

という純粋な思いからだそうです。

高橋淳さんは今まで仕事を辞めたいとか

休みたいと思ったことがないそうです。

飛行機が好きという理由もあるそうですが

太平洋戦争の時にいた基地に残ったのは

高橋淳さんだけだそうです。

そういう経験もあるそうですがどんなに

苦しいことがあっても幸せと思えた

のかもしれませんね。

高橋淳さんは

「何でも平等じゃない だけどどんな状況にいても楽しいことは必ずある それを見つけて楽しく過ごすようにすればいい」

と語られています。

 

 

 

 

 

Wikiより詳しい?高橋淳のプロフィールと経歴・学歴

高橋淳

出典:http://www.nhk.or.jp/

名前:高橋 淳(たかはし じゅん)
生年月日:1922年10月8日
出身地:東京都
血液型:
身長:
体重:

備考:旧日本海軍の爆撃機操縦士、社団法人日本飛行連盟名誉会長

高橋淳さんが最初に飛行機に乗ったのは
太平洋戦争ではなく、16歳の時に偶然見つけた
新聞社主催のグライダー講習会に参加した時
だそうです。

1941年に甲種飛行予科練習生として海軍に入隊して
すぐに太平洋戦争が始まりました。

主力攻撃機として使用された一式陸上攻撃機は
爆弾や魚雷を胴体内に収納して軍艦・航空機に
向けて放つが、防弾タンクの採用が進まなかった
関係で被弾に弱くワンショットライターや
フライング・ジッポーとも言われた攻撃機です。

高橋淳さんが所属していた部隊は一度戦場に
10機飛び立てば半分の5機戻ってくるかどうか
という激戦区でした。

最終的には高橋淳さんが所属していた部隊で
生き残ったのは高橋淳さんだけでした。

高橋淳さんは当時の事を

今現在パイロット歴72年で飛行時間は
2万5000時間を超えて週1過~2回は
飛行機で空を飛んでいます。