2016年7月19日、日本テレビ系列『徳井と後藤と芳しの指原 が今夜くらべてみました』では「トリオ THE バレーボール部の女」をテーマに元全日本のエースアタッカーで2015年4月25日に一般男性と結婚した高橋みゆきさんが出演です。

出典:http://s.webry.info/

弟の高橋直人さんと高橋和人さんもバレーボール選手で活躍しており、両親もバレー選手というバレー一家で、柴犬(オス)のクラ吉を飼い始めた高橋みゆきさんについて当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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Wikiより詳しい?高橋みゆきのプロフィール

出典:

本名:高橋 みゆき(たかはし みゆき)
愛称:シン
生年月日:1978年12月25日
出身地:山形県山形市
血液型:O型
身長:170cm
体重:63kg
事務所:フレイヴ エンターテインメント
備考:柴犬(オス)のクラ吉を飼い始めました(2016年7月5日に報告)
ブログ:高橋みゆき オフィシャルブログ 「Miyuki Takahashi」(2009年7月1日 – )http://ameblo.jp/takahashi-miyuki/

選手情報

最高到達点:285.0cm
指高:220.0cm
サージャントジャンプ:60.0cm
ポジション:ウイングスパイカー(WS)
利き手:

球歴

全日本代表 2000-2008年

<全日本代表としての主な国際大会出場歴>

オリンピック 2004年、2008年
世界選手権 2002年、2006年
ワールドカップ 2003年、2007年

所属チーム

山形東小(山形市立東小学校)
山形第四中(山形市立第四中学校)
山形市立山形商業高校
NECレッドロケッツ(1997-2005年)
ヴィチェンツァ(2005-2007年 海外派遣)
NECレッドロケッツ(2007-2009年)
トヨタ車体クインシーズ(2011-2012年)

受賞歴

2000年 第6回Vリーグ 新人賞
2001年 ワールドグランドチャンピオンズカップ ベストサーバー賞
2001年 第50回 黒鷲旗全日本バレーボール選手権大会 ベスト6
2002年 第8回Vリーグ 敢闘賞 ベスト6
2003年 第9回Vリーグ 最高殊勲選手賞 レシーブ賞 サーブ賞 ベスト6
2003年 第12回アジア選手権 ベストスパイカー賞
2004年 第10回Vリーグ サーブ賞
2005年 ワールドグランプリ 得点王
2007年 第14回アジア選手権 MVP

自動車整備工場を営む父、母、兄、弟2人(高橋直人さんと高橋和人さん)の6人家族の長女として生まれ、小学校1年生のときに父親が指導するスポーツ少年団に入り、バレーボールを始めました。

1997年、神奈川県川崎市を本拠地とする、日本電気の女子バレーボールチームNECレッドロケッツに入団。1999年、第6回Vリーグで新人賞を獲得とリーグ(全勝)優勝に貢献しました。
※2002年度から2004年度まで主将を務めています

チーム練習で手を抜くことから「手抜きのシン」と陰口を叩かれていましたが、当時の監督・葛和 伸元さんから「お前はうまいだけのキャプテンじゃ。そんな選手はいらん」と叱られたことで改心したそうです。

2000年、全日本代表に初選出され、翌年2001年からは全日本の主軸として活躍し、「2001年ワールドグランドチャンピオンズカップ」で銅メダルを獲得し、高橋みゆきさん自身もサーブ賞を受賞しました。

2002年バレーボール女子世界選手権では全日本代表の主将を務めましたが、過去最低順位(13位)に終わりました。10月2日から10月12日まで行われた2002年アジア競技大会では中国、韓国に敗れたことから女子バレー復活を託された柳本晶一さんが全日本女子監督に就任して日本バレーボール協会から「代表に選ぶな」と言われるほど評価は低迷しました。

7年ぶりに全日本に招集され主将に任命された吉原知子さんと竹下佳江さんは勝負に突き進む性格だったため、柳本晶一監督は明るい性格でチームの潤滑油になりうる存在として高橋みゆきさんは招集されました。
※レフト一筋だった高橋みゆきさんは、柳本晶一監督からライトにコンバート(ポジション変更)されました

2002年12月6日から2003年3月16日にかけて行われた第9回Vリーグでは、3シーズン連続サーブ賞とMVPを受賞、3回の優勝経験をもつなど活躍しました。

2003年ワールドカップバレーボール(女子大会)は2003年11月1日から11月15日まで日本に開催され、123得点を挙げ、スパイク決定率4位の活躍し、正ポジションを獲得する為に敢えて吉原知子さんと同ポジションで競わされました。

2004年8月、ギリシャのアテネで行われたアテネオリンピックの出場を果たしましたが、高橋みゆきさんの不調が成績低迷の一因となり、チームを纏(まと)めるが出来ず、結果は5位でした。

アテネオリンピックの出場移行はイタリア・ヴィチェンツァを本拠地とする女子バレーボールクラブチーム「ヴィチェンツァ・バレー」に移籍などを通じて明るいキャラクターだけではなく、時には厳しい姿勢でチームを牽引するように変化していきました。

2005年6月24日から7月18日にかけて開催された2005年バレーボール・ワールドグランプリではポジションが本来のレフトに戻り、副主将を任命され、ムードメーカーとしてチームを牽引し、同大会の決勝ラウンドで得点王を獲得しました。

2005年8月から2シーズン、チームからの海外派遣という形で
セリエA (バレーボール)イタリア・ヴィチェンツァを本拠地とする女子バレーボールクラブチーム「ヴィチェンツァ・バレー」で同年10月9日、キエーリ戦でデビューを果たしました。
※ヴィチェンツァは3-2で勝利しましたが、出場時間が短く、得点をあげるには至っていません

当初、1年限りの派遣予定でしたが高橋みゆき本人の希望で期間延長され、ヴィチェンツァでは攻守に欠かせない存在となり、エースとして活躍しました。

2006年5月より全日本に復帰後、2006年10月31日から11月16日まで開催された2006年バレーボール世界選手権では主将の竹下佳江さんや菅山かおるさん、杉山祥子さんらとともにチームを牽引し、オランダ戦では26得点を挙げる活躍しました。

2007年9月、NECレッドロケッツへ復帰。

2007年9月5日から9月13日までの間にタイ・ナコーンラーチャシーマーで開催された2007年バレーボール女子アジア選手権(第14回バレーボールアジア選手権女子大会)で日本を24年ぶりの優勝へ導き、MVPを獲得しました。

2008年8月、北京オリンピックに出場。

2009年6月、NECレッドロケッツを退団。

2011年11月14日、トヨタ車体クインシーズへの入団が発表され2年5ヶ月ぶりに現役復帰し、2012年4月に退団しました。

2015年4月25日、一般男性との結婚をブログにて報告しました。

(2015年4月時点)

 

高橋みゆきが元全日本監督・柳本晶一に暴言連発がきっかけで性格が悪いイメージが?

2013年12月7日に放送されたTBS系列『ジョブチューン~アノ職業のヒミツぶっちゃけます!』に元バレーボール全日本女子でタレントとして活躍する高橋みゆきさんと元全日本監督・柳本晶一さんが出演しました。

長年に渡って女子集団を率いた元全日本監督・柳本晶一さんの苦労と苦悩については下記の通りです。

「柳本監督がよく使うレギュラーから外すことで選手をやる気にさせる戦略は・・・」というアナウンスに続き、「完全に逆効果です」とキッパリ言い放った高橋は、「魂胆がバレバレ。でもそれが分かってて、私的にはチーム練習とかコンビ練習した方がいいと思って、時間もったいない」とかつての師に暴言を連発した。

しかし、「すごい効果ある。実際、高橋も本当にやる気になって・・・」と反論した柳本氏は、「日本でも一番うまい子。逆に日本で一番サボる子。ものすごく集中力があるので、それをどうもっていくのかが難しかった」と高橋の力を認めつつ、「練習ゲームやるじゃないですか。並みのライバル当てても舐めてしまいますから、対抗馬としたら吉原(知子)とか、そういう連中をもっていかないとダメ。ライバルと意識すると、先輩ですよ、吉原ばっかり狙って打ったりね。あれだけ練習サボってたのが、吉原が(練習)したら出てきて練習するようになった」などと、高橋のモチベーションを上げるために行った苦労話を披露した。

http://news.livedoor.com/から引用