質問3.東京の芸人と大阪の芸人の違いは?

質問の答えは、言葉の文化の違い、大阪は何気ないことでも面白く言える。いろんな表現をするから面白い。また、それにちゃんとツッコんでくれる。大阪には「お笑い」の土壌がある。

大阪に漫才が勝てないのは、言葉のリズムが違うからだと思う。関西弁のリズムは漫才に合っている。B&Bを見た時にこりゃ敵わないと思ったそうです。それまで標準語で漫才をしていたスタイルから、いつもの自分の話し言葉で漫才をするスタイルに変えたそうです。

他にも初代Wヤング(故中田治雄さん、平川幸男さんのコンビ)にもかなわないと思ったそうです。中田さんが不器用な感じでボケて、平川さんがツッコミをしたり、ボケとツッコミが入れ替わるスタイルはWヤングが最初で、上か下はわからないが、やすきよ(横山やすしさん、西川きよしさん)より高く評価されてたのではないかと明かしていました。

たしか、初代Wヤングさんの漫才をマネしようかと思ってやったけど、できなかったというエピソードもどこかで話していたのを聞いたことがあります。

 

ツービートのビートきよしさん(小話)

ビートきよしさんは最初はボケ担当だった。浅草フランス座の先輩で、ビートたけしさんの事を 『たけし→たけちゃん→たけしさん→殿』 と呼び方が変わっていったそうです。まるで出世魚だよ!とビートたけしさん。

当時、ビートきよしさんがボケを担当した時は、どこでツッコミを入れたらいいのかわからなかったそうです。3日目でネタを変えて、ビートたけしさんがしゃべくり倒すとお客さんが笑いはじめて、 「お前、うまいなぁ。俺はツッコミに徹するよ」 と言ってから全然しゃべらなくなった事を明かしていました。

 

西川きよしさんの爆笑リアクション(小話)

(横山)やすしさんが亡くなられた時に、いろんな人が天才やすしと書いていた。自分はへそ曲がりだから、

『確かにやすしさんは凄いけど、やすしさんが本当に天才だったら、最初のコンビで売れているはずじゃないか。きよしさんと出会う前までは不遇じゃないか。きよしさんが凄いんだよ。きよしさんがいたからやすしさんが生きたんだ』

という感じなことを週刊誌に書いたそうです。その記事を西川きよしさんが読んで、トイレの前でおしぼりを持って待っていた。 「ありがとうございますぅ、週刊誌読ませていただきました。たけし師匠!」 と言われ、「我々が憧れる人なのにやめてください」と、ビートたけしさんは大変困ったそうです。西川きよしさんの人柄がそのまま出ているエピソードだと思います。

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1日500万円の営業があった?(小話)

B&Bの島田洋七さんと事務所には内緒で営業をした事があるそうです。お互いしゃべる者同士のため漫才にならず、漫談のやり合いをしただけ。その当時の営業が10分で500万円。それも一人ずつですよ?

 

 強烈!昔の営業漫才(小話)

どうも~と舞台に上がった目の前に、いかにもその筋の人が、ガッハッハとお酒を飲みながら笑って

「待ってたよ!今日はこのクラブは俺の貸切だ」

と、言いながら横には子分さんもたくさんいたそうです。とりあえず、気持ちを切り替えて漫才を始めてすぐに酔っている子分が

「それテレビで見たぞ!」

と言うと、ボトルでその子分は頭をどつかれて、

「ツービートが一生懸命やっているのにその野次はなんだ!馬鹿野郎!俺が呼んだんだぞ!」

と、何度も叩かれ、血まみれになった子分を放置し、クラブのホステス、店員は後ろに立たせたままで

「どうぞ、(漫才の続きを)やっておくんなさい」

親分さんは漫才を観て爆笑していたそうですが、ビートたけしさんは生きた心地がせず大変だったようです。何か時代を感じさせられるエピソードですね。

 

 ツービート 若手漫才に乱入!の一コマ(小話)

弟子のライブを観ていた時にお客さんの前で漫才をやりたくなったそうです。ちょうどその時、舞台に上がっていたのが、なべやかんだったそうで長いネタで20人ぐらいしかいないお客さんをジャンジャン冷まして(スベッて)いるから、イライラしたそうです。

本当は出番は無かったのですが、周りに口止めしてビートたけしさんは、なべやかんをすぐに舞台からおろして、ツービートで登場するとお客さんがワァーワァー言うから一つ目のネタが全く聞こえず、ウケなかったそうです。

血の気が引いて震えが来て、あぁ、俺、終わってるわ・・・と、実は思っていたと明かしていました。

 

質問4.浅草で1万円を配りながら歩いていたという噂は本当ですか?

質問の答えは、島田洋七さんと一緒にベロベロに酔っぱらった浅草で、俺がこうやってお金もらってるのは浅草のおかげだって言いながら、お金(祝儀袋)をあげて、浅草寺に行ってお賽銭箱に何百万かねじり込もうとした。(らしい)

飲食店の従業員全員に初めてのお店には、一回は祝儀袋は必ず渡しているそうです。

三船敏郎さんに

「たけしよ、チップを渡しているのがわかったら、お前チップの渡し方がうまくないよ。誰にも分からないようにスッと出すもので、現金ではきたないから、みっともない」

と言われたそうで祝儀袋を持ち歩いている理由は三船敏郎さんの言葉からきているのかもしれないですね。

銀座のポルシェビルの中は全部クラブだから、あそこの前に行くとウワーって人が来る。祝儀袋を渡していると、他の店の人も混ざってくるから店に払うお金より、渡している金のほうが多くなっている。そのかわりに、車から何からと置いといてくれる。飲みに行く時は、それ用の祝儀袋は最低でも20万円分は作っていくそうです。

今までに何千枚のぽち袋を作ってきているが、ポケットに用意していた祝儀袋が無くなった時に、祝儀袋で家建てられるじゃねぇか!と思ったことがあると明かしています。
これもまた、なんとも豪快なエピソードですね(笑)。

 

質問5.何かゲン担ぎはされていますか?

質問の答えは、(未だにたまに)舞台前に左周りに1周する。

ツービート時代からしていたそうで、し忘れて舞台に出てしまった時は、漫才に身が入らないため1回戻って、舞台に再び出たことがあるそうです。売れていない時期は特に周りながら、

「たけしはおもしろい、おもしろい、おもしろーい!」

と暗示をかけて舞台に上がっていたと明かしていました。

 

どうでしたでしょうか?この番組は関西ローカルですが、来週もビートたけしさん です。しゃべくりの北野武さんと違った情報いかがでしたか?

さて、残りの5つの質問はまたコチラ