2015年10月24日、日本テレビ系列『有吉反省会』では、32歳になった今もジュースが好きすぎて大量に飲んでしまうことを反省しに料理王子・有坂翔太さんが出演されました。岡山の工場で自分用のストローを作って貰っているほどのジュースの飲み方にもこだわりがあるそうです。

有坂 翔太

出典:http://natalie.mu/

温度管理やストローの長さに至るまで異常なこだわりを熱弁し、有坂翔太さんは「やっぱり僕、ジュースが好きなんだ」と自ら再確認。「だいたいの病気はジュースで治る」とまで言いだし、大久保佳代子に「かわいいけど、お前の料理番組は2度と観ない!」とあきれてしまう有坂翔太さんについて当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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Wikiより詳しい?有坂翔太のプロフィール

有坂翔太

出典:Shota Arisaka Official Blog

本名:有坂 翔太(ありさか しょうた)
生年月日:1983年5月31日
出生地:岡山県津山市
出身高校:岡山県勝間田高等学校・食品製造科
身長:183cm
血液型:B型
趣味:映画、ドライブ、ゲーム、カメラ(Nikon D3s所有)、釣り
資格:1級小型船舶操縦士免許
職業:料理家、料理研究家、タレント
夢:インスタント食品の開発
活動期間:2007年~
Twitter(ツイッター):@shotaarisaka
ブログ:Shota Arisaka Official Blog
備考:大阪中之島辻学園調理技術専門学校・高度調理技術学科13期、トイプードルを飼っている

大阪市で生まれて0歳の時、父の転勤で岡山県津山市に引っ越し、両親が関西人だったので本人も関西弁だったが、次第に学校での言葉の違いに悩んだ末、学校では岡山弁に戻していました。インスタントラーメンや冷凍食品が大好きでよく食べていたそうです。ジュースが好きすぎて中学生までオネショをしていたそうです。

小学校4年生からソフトテニスを始めて中学生の頃、地域大会で優勝し、将来はテニスのプロになろうと思っていたがソフトテニスにはプロが無いため断念。父の趣味が手作り将棋であり、父の彫刻刀を研ぐ姿を見て包丁研ぎを覚えました。

どん兵衛に感動して、こんな商品が作りたいと思い、まずは料理から修行だと日本トップレベルの料理学校の資料を全国から集め、大阪辻学園調理技術専門学校の高度調理技術学校へ行くことを決心。

食品開発のスペシャリストになる為に、料理人の登竜門と言われる大阪・辻学園調理技術専門学校・高度調理技術学科に入学し、始めての授業が高級フレンチ授業でフォアグラやトリュフが出てきた為、カルチャーショックを受けたそうです。

卒業時のコンテストで、全国からエリート料理人が集まる中、フレンチ部門で「最優秀賞」を受賞しました。

その後、大阪市内フレンチで数年修行した後、プロの料理家になる為に上京しました。

2006年、自身のmixiで始めたレシピブログが話題になり2007年自身初の料理本、『有坂翔太のLOVEごはん』(竹書房)を出版や山内のぞみさんのマンガ『料理の国の王子様』(別冊フレンド)の監修もしました。

メディアに出演し、全国で料理ショーやTV・雑誌出演、企業とのコラボレーション商品等、数多く手がけ、料理王子として今日の男性料理ブームの牽引する存在になっている。

食育にも高い関心があり、農林水産省での講演や岡山県真庭市の「美味しい給食プロジェクト」に関わり、2012年、岡山県農産物PR大使『フルーツ桃太郎』に就任しました。ホテルグランヴィア岡山では自身がプロデュースした「桃太郎パフェ」が食べられるそうです。

 

有坂翔太の苛酷な修行時代とは?

有坂翔太さんは、元々シェフになる気は無かったそうですが、料理家になる前、大阪市内のフレンチで修行をしたそうです。関西のフレンチを一軒一軒食べ歩き、ここだと思うレストランでお会計の際「皿洗いからさせてください」と直談判し、半ば無理矢理雇ってもらったそうです。

オーナーシェフから雇う変わりに

『友達は全員捨てろ』
『親が死んでも絶対に休むな』
『給料は最低限』

上記の3つの事を約束を有坂翔太さんはあっさり了承し修行の世界に入りましたが、想像を絶する世界だったようです。

有坂翔太さん曰く、「3日で逃げたい」と思ったそうです。

飛んでくるフライパンをよけながら1日15時間以上働いた
まかないは夕方の4時に1回だけで、食べられない日もあり体重は50キロ前半まで下がった
空腹が収まらない時は小麦粉を練って茹でて食べていた
最低限の給料だったが実際は足りなく、学生時代の貯金を崩しながら働いていた

結局貯金が底をつくまで働き続け、1週間我慢して食べたマクドナルドの照り焼きバーガーや吉野家の牛丼が忘れられない味と語られています。