2016年8月4日、TBS系列『クレイジージャーニー』では、人類史上5人しか達成していないといわれる水深115メートルを、特殊な潜水服も着けず、酸素ボンベも無しで潜るフリーダイビングという競技の日本記録保持者で2008年にバハマ バーティカルブルーにてアジア人初の水深100m越えを達成し、史上7人目となる100mダイバー篠宮龍三さんが出演です。

 

映画「グランブルー」のモデルになったジャック・マイヨールを知ってから一息で音も光もない水深100mに挑む超ストイックで常に死と隣り合わせながら孤独な戦いの中には想像を絶する精神の世界に危険を冒してまで男が潜り続ける篠宮龍三さんについて当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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Wikiより詳しい?篠宮龍三のプロフィール

出典:https://www.facebook.com/ShinomiyaRyuzo/

名前:篠宮 龍三(しのみや りゅうぞう)
生年月日:1976年11月11日
出身地:埼玉県
血液型:A型
身長:181cm
体重:72kg
最終学歴:法政大学 工学部機械工学科
趣味:読書、音楽、写真、映画
職業:プロ・フリーダイバー(アジア記録保持者)、apnea works代表
肺活量:9.6L
VO2MAX:56ml/kg/min
メッセージ:ONE OCEAN
座右の銘:人事を尽くして天命を待つ
座右の書:老子 菜根譚
訪問国:イタリア、スイス、ハワイ、キプロス、カナダ、モナコ、フランス、ギリシャ、エジプト、スロベニア、オーストリア、台湾、バハマ、香港、マカオ、メキシコ、ジャマイカ、ホンジュラス、インドネシア

オフィシャルサイト:篠宮龍三.オフィシャルブログ One Ocean~海はひとつ!
ブログ:http://blog.apneaworks.com/

VO2MAXとは、運動中に体内に取り込まれる酸素の最大量で幼少期からの成長過程でいかにトレーニングしてきたかで差がつくと言われています。一般男性で40ml/kg/min程度ですがオリンピック選手のような一流アスリートともなると80~90ml/kg/minにもなるそうです

経歴・資格

  • 観光庁 スポーツ観光マイスター
  • 東京海洋大学 非常勤講師 2011年度
  • グローバルスポーツアライアンス ナビゲーター
  • キッズセーバー プロポーザー
  • AIDA インストラクター
  • AIDA ジャッジ
  • 1級小型船舶

受賞歴

  • 2010年 MJCマリン賞 受賞(スポーツアドベンチャー部門)
  • 2013年 ファウストA.G.アワード 挑戦者賞 受賞
    ※ファウストA.G.アワードとは、地球上で最も活躍した冒険家、挑戦者、社会貢献活動をした人に贈られる賞

著書

2010年8月1日発売     『ブルー・ゾーン』
2011年10月14日発売  『心のスイッチ』
2014年7月17日発売   『素潜り世界一 人体の限界に挑む』

 

生まれた年から船乗りだった父親に連れられて海と触れ合う幼少時代を過ごし、法政大学 工学部機械工学科に入学してから探検部に入部し、初めての夏合宿で西表島を訪れて海の美しさに感動したそうです。

大学2年生の時にスキューバダイビングのライセンスを取得しましたがスキューバの機材などの費用思ったよりも高く、もっと気軽に海を楽しみたいと思っている時にリュック・ベッソン監督によるフランスとイタリアの合作映画『グラン・ブルー』に出会い衝撃を受けました。

映画『グラン・ブルー』の主人公のモデルとなった伝説のフリーダイバー ジャック・マイヨールに魅せられた篠宮龍三さんは、自分の身体一つで潜る深さを競うスポーツの世界に挑戦してみたいと強く思い、長期休暇に探検部の仲間と南の島に行ってはグランブルーごっこで、潜る深さを競って遊んでいました。

私立法政大学小金井キャンパスから歩いて行ける距離にグランブルーのモデルだったジャック・マイヨールのトレーニングパートナーを務めたことのあるフリーダイバーの方がダイビングショップを経営していた為、授業が終わるとその店に寄ってジャック・マイヨールの写真や話を聞くうちにフリーダイバーの世界にはまり込んでいきました。

篠宮龍三さんは、思い込みが激しい性格らしく大学4年生の時にはプロ・フリーダイバーになると決めていたそうです。1999年に水道機工株式会社に就職してから金曜日の夕方に車で伊豆まで行き、土曜、日曜と潜って日曜の夜に帰ってくるスケジュールを、ほぼ5年間続けました。
※短時間で効率のいい練習をしなければと思い、勤務後もプールで練習していたそうです

フリーダイビングを1999年から始めてから会社員ダイバーとしてトレーニングを続けて2003年9月に水深76mの日本記録を達成をきっかけに会社を辞めプロ宣言しました。
※水深76mの日本記録は、1970年9月伊豆の海で、当時のジャック・マイヨールが世界記録として達成した記録

篠宮龍三さんは、敬愛するジャック・マイヨールが達成してきた世界記録を日本記録で追いかけるチャレンジを始めることでフリーダイビングの世界へと導いてくれたジャック・マイヨールへのオマージュであり、リスペクトの方法と考えて記録を追い続ける日々が始まりました。

 

100m台に到達する前に長いスランプがあった?

プロに転向してから2004年6月、キプロス島の世界大会で初めてブラックアウト(酸欠による失神)になってしまい、その後2年間は人生のどん底で、大会に出る度にブラックアウト(酸欠による失神)を繰り返していました。

 

長いスランプを脱した篠宮龍三の秘訣は?

モチベーションには3段階あると思うんです。スランプだった頃の僕はとにかく「負けたくない」とか「こんなに頑張っているんだから失敗するはずがない」というネガティブなモチベーションでやっていた。それはエゴの塊で、ある程度のところまでしか到達できないんです。

苦しんだ結果、ジャック・マイヨールも傾倒していた禅の教えに出会ったことでポジティブな考えに変わっていった。つまり「今のベストを尽くせばそれでいい」という意識です。そうしたら世界大会で勝てるようになった
http://news.livedoor.com/から引用

 

招致活動をしてきたフリーダイビングの世界大会を、実行委員長として2010年6月30日から沖縄で開催されました。

世界一を目指した2011年9月のギリシャ大会は総合5位の結果になりましたが、実はまさかのブラックアウト

フリーダイビングを通じて感じたことを「ONE OCEAN〜海はひとつ」というメッセージに集約し、エコロジーやコミュニケーション促進などの社会的な活動にもつなげていきたいと考え持ち、2001年より5種目で通算37個の日本・アジア記録を樹立し、国内初のプロ選手として国際大会を中心に参戦する傍ら、スクールや大会も運営を行っています。

YouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/channel/UCpS1IaxUw8L-9_IoODeD56Q

 

【簡易版】Wikiより詳しい?ジャック・マイヨールのプロフィール

名前:ジャック・マイヨール(Jacques Mayol)
生年月日:1927年4月1日(2001年12月22日、鬱病を患っておりイタリアのエルバ島の自宅で首吊り自殺)
出身地:中華人民共和国 上海市
職業:フランスのフリーダイバー

 

フリーダイビングには8つの種目とは?

深度競技

  • コンスタントウェイト ウィズフィン(CWT)
  • コンスタントウェイト ウィズアウトフィン(CNF)
  • フリーイマージョン (FIM)

水中を水平方向に泳いで行ける距離を競う

  • ダイナミック ウィズフィン (DYN)
  • ダイナミック ウィズアウトフィン (DNF)

呼吸を止めた状態をどれだけ長く維持出来るかを競う

  • スタティック アプネア(STA)

個人的な記録挑戦の競技

  • ヴァリアブルウェイト(VWT)
  • ノーリミッツ (NLT)
    ※大会種目としては行われていませんが、個人的な記録挑戦となります

 

篠宮龍三がよく挑戦しているコンスタントウェイト ウィズフィン(CWT)とは?

篠宮龍三さんが記録を作った競技は「コンスタント・ウイズ・フィン」といって、足ヒレだけを使って潜り、浮上していきます。110mを超えると、水圧は地上の約12倍になり、肺活量が約10リットルの篠宮龍三さんの肺も1リットル以下になります。

この環境に約2分間で到達して1分半で帰還するわけなので、篠宮龍三さん曰く「これだけの時間に、こんなに過酷な環境変化を経験するのは、ほかに宇宙飛行士くらい」と語っています。

フリーダイビングは自然を相手にするため、天候や海況にも大きく影響を常に受けるため死と隣り合わせの危険なスポーツで、特に100mを超えてからのプラス1mというのは、生きて還れるかどうかを左右する領域といわれ、判断を誤ってムリして突っ込んでしまうと、目標まで到達して戻ってこられたとしても水面でブラックアウト(酸欠による失神)してしまうことがあります。

 

篠宮龍三が水深115mに行っている事とは?

僕は115の場合、95の地点で最後の耳抜きをする。20m手前ですね。90くらいでやってしまうと、一番深いところで鼓膜が水圧に耐えきれずにバリッと破れてしまうんですよ。

そうなると、鼓膜の内側にある三半規管に冷たい水が流れ込んでしまい、そこが平衡感覚を司(つかさど)っていますから、急にわけがわからなくなって目眩(めまい)を起こしちゃう

耳抜きのタイミングは「これ以上ムリだ、破れる」と感じる二歩くらい手前ですね。まず、鼓膜が音を拾えなくなって「キュルキュルキュル……キィィィィィ」という音がしてきて、その後に「フィシュゥゥゥゥゥ」という音がするイヤな音ですよ(苦笑)。ここまできたらもう赤信号なので、95mより手前でも必ず抜きます。でも、リラックスしていないとできない。「やべぇ、きたきたきた!」って固くなるとできないです。
http://www.excite.co.jp/から引用

 

篠宮龍三の競技経歴について

2000年 8月

AIDAワールドカップ スイスラウンドに日本チームとして参加して3位入賞

2001年 5月

ウンベルト・ペリザリの指導の下でアプネア アカデミーインストラクターとなりました

2001年 10月

スタティック アプネア(STA)の競技で6分22秒の日本新記録を樹立

2002年 8月

スタティック アプネア(STA)の競技で6分22秒から6分29秒の日本新記録を更新

2002年 9月

ダイナミックの日本記録を130mに更新

2002年11月

  • AIDAパシフィックカップハワイに日本代表チームとして参加し、3位入賞
  • コンスタントの日本記録を61mに更新
    ※日本人として初めてジャック・マイヨールが樹立したコンスタントの世界記録に並びました

2003年 9月

  • 第1回 フリーダイビング日本選手権で総合優勝
  • コンスタントの記録76mで日本新記録を樹立
    ※世界歴代9位(当時)

2004年 6月

CYPRUS2004 フリーダイバーオープンクラシック スタティック種目で優勝
日本人として初めて世界大会で1位入賞 7分07秒で日本新記録樹立
スタティック世界 ランキング第3位

2004年 7月

第2回 フリーダイビング日本選手権で総合優勝
コンスタントで70m / スタティックで6分39秒
コンスタント世界ランキング第5位

2004年 8月

第4回フリーダイビング世界選手権 カナダ 日本代表チームで総合5位

2005年 5月

Kona Freedive Invitational スタティック種目で優勝し、7分13秒で日本新記録樹立

2005年 7月

第3回フリーダイビング日本選手権
スタティックの記録 7分01秒で1位
ダイナミック ウィズフィンの記録 141m で1位
ダイナミック ノーフィンの記録 91mで1位
コンスタントで70m

2005年 7月

IWC モナコワールドスタティックアプネアコンテスト
予選を6分34秒で通過し、準決勝では6分59秒でベスト6でした

2005年 8月

第1回プール世界選手権 個人戦 スイス
スタティック 予選の記録 6分54秒で6位 / 決勝の記録 6分44秒で5位
ダイナミック 予選の記録 154mで7位(日本新記録) / 決勝の記録 145mで6位

2005年11月

  • Dahab Freedive Challenge Triple Depth2005で総合優勝
    フリーイマージョンの記録 80mで日本新記録で1位
    コンスタント ウィズフィンの記録 82mで日本新記録で1位
    コンスタント ノーフィンの記録 50mで日本新記録で2位
    これにより5種目でアジア・日本記録を制覇し5冠達成
    アジア・太平洋地域における最深記録を樹立
  • AIDA 世界ランキング 2005
    フリーイマージョンの記録 80mで1位
    コンスタント ノーフィンの記録 50mで3位
    スタティックの記録 7分13秒で6位
    コンスタント ウィズフィンの記録 82mで7位

2006年 7月

COUPE DES CALANQUES 2006で総合優勝
コンスタントウィズフィンの記録 86mで1位(日本新記録)
ダイナミックウィズフィンの記録 159mで2位(日本新記録)
スタティックの記録 7分18秒で1位(日本新記録)

2006年 9月

AIDA HELLAS 2006 SUMMER APNEA GAMES
ダイナミックウィズフィンの記録 166mで1位(日本新記録)
スタティックの記録 7分25秒で2位(日本新記録)

2006年12月

AIDA World Championships 2006 Egypt
日本代表チーム 661.9pで総合4位
個人総合 248.2pで2位
スタティックの記録 7分16秒で4位
コンスタント・ウィズフィンの記録 82mで6位
ダイナミック・ウィズフィンの記録 158mで11位

2007年 8月

沖縄フリーダイブインビテーショナル2006 開催

2007年 7月

第3回世界選手権 個人戦 スロベニア
スタティック 予選の記録 7分21秒で1位 / 決勝の記録 7分02秒で5位
ダイナミックウィズフィン 予選の記録 173mで10位(日本新記録) / 決勝の記録 150mで12位

2007年10月

Dahab Freedive Challenge Triple Depth 2007で総合優勝
フリーイマージョンの記録 81mで3位(日本新記録)
コンスタント ウィズフィンの記録 90mで1位(日本新記録)
コンスタント ノーフィンの記録 50mで2位
※これにより同大会で二度目の総合優勝を果たしました

2007年11月

第4回世界選手権 個人戦 エジプト
コンスタントウィズフィンの記録 89mで9位

2008年 4月

VERTICAL BLUE 2008 バハマ
コンスタントウィズフィン
4月1日 記録 95m(日本新記録)
4月3日 記録 100m(日本新記録)
4月7日 記録 101m(日本新記録)
4月11日 記録 104m
※アジア人(日本人)初の水深100mを達成しました

2008年 6月

沖縄フリーダイビングカップ2008 ダイナミックウィズフィンの記録 192mで日本新記録

2008年 8月

ディープウォーターカップ沖縄2008
コンスタントウィズフィンの記録 100mで国内初の100mを達成しました

2008年 8月

エジプト プレチャレンジ スタティックで優勝
コンスタントの記録で2位

2008年 9月

エジプト世界選手権 チーム戦で総合9位

2009年 4月

VERTICAL BLUE 2009 バハマ
コンスタントウィズフィン
4月2日の記録 102mで日本新記録
4月3日の記録 105mで日本新記録
※ジャック・マイヨールの自己最高記録に並びました

2009年 12月

バハマ世界選手権
コンスタントウィズフィン
12月2日の記録 107m]で日本新記録

2010年 4月

VERTICAL BLUE 2010 バハマ
フリーイマージョン
4月19日の記録 101m
4月23日の記録 102m ←合計30個目の日本記録を達成
4月25日の記録 104m

コンスタントウィズフィン
4月26日の記録 108m
4月27日の記録 115m

2010年 7月

沖縄世界選手権 団体戦
男子総合2位で銀メダル獲得しました
※チームキャプテンとして参戦

2011年 9月

ギリシャ世界選手権 個人戦 コンスタント種目 総合5位に入賞

2012年 5月

インドアカップ館山 スタティック種目 優勝
ダイナミック種目 2位

2012年 7月

DEEP WATER CUP 沖縄 総合優勝

2012年 9月

ニース世界選手権 団体戦 総合11位

2012年 11月

VERTICAL BLUE 2010 バハマ コンスタント種目 総合4位 入賞

2013年 5月

カリビアンカップ2013 フリーイマージョン種目2位
コンスタントノーフィン種目3位

2013年10月

One Breath Jamboree 2013 バリ島 コンスタント種目で優勝

2014年12月

バハマ大会にて水深66mのコンスタントノーフィンのアジア記録更新(通算37個目のアジア記録)

2015年4月

バハマ大会にて準優勝
※アジア人男子初の同大会メダル獲得しました