2016年2月17日、テレビ朝日『マツコ&有吉の怒り新党』の人気コーナー「新・3大○○調査会」では、1990年代に大ブームとなった背脂ラーメンがそれぞれの地域で独自の進化を遂げているということでラーメン王・石神秀幸さんが「進化し続ける背脂ラーメン」を3つ選んで紹介しました。

背脂ラーメン

出典:http://www.takumen.com/

そもそも3大ラーメンといえば「札幌ラーメン」、「博多ラーメン」、「喜多方ラーメン」が認知されています。一大ブームを巻き起こした背脂ラーメンといえば、新潟県の燕三条系ラーメンが発祥といわれています、がラーメン王・石神秀幸さんが選ぶ新・3大背脂ラーメンについて当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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日本人で初めて中華麺(ラーメン)を食べたのは水戸藩主・徳川光圀(水戸黄門)

1665年(寛文5)

中国の明から亡命した有名な樹学者の朱舜水(しゅしゅんすい)が長崎におり、水戸藩主・徳川光圀(水戸黄門)は、彼を招聘しました。そのお礼に水戸藩主・徳川光圀(水戸黄門)が中華麺料理を作って振る舞ったことで日本で最初にラーメンを食したのが水戸藩主・徳川光圀(水戸黄門)になったようです。

 

三大ラーメン

2009年12月01日に発売された株式会社レッカ社 『「日本三大」なるほど雑学事典』 (PHP研究所)を参照しています

札幌ラーメン(北海道)

※「札幌」「函館」「旭川」のことを北海道三大ラーメンと呼ぶことがあります

北海道札幌市発祥のラーメン一般を指す通称

【特徴】

  • かん水を多く使った黄色い縮れ麺でプリプリしている
    ※麺は西川製麺が特に有名です
  • 具は太もやしと豚ミンチが王道で、中華鍋に野菜を入れて炒めて、そこにスープと麺を入れて湯がいてそのまま丼に入れるという作り方が主流です
    ※冷めるのを防ぐためにラードなどを浮かべる場合が多い

【歴史・発祥】

札幌では戦前から在日華人の調理人達によるあっさりしたスープのラーメンが存在していました。

1922年、知人の紹介で札幌市の北海道大学近くにあった『竹家和食店』を訪れた中国・山東省出身の王 文彩(おう ぶんさい)さんは、中国料理店への商売変えを考えていた店主の大久昌治・タツ夫妻と意気投合して間もなく王 文彩(おう ぶんさい)さんが料理長の中国料理店「竹家食堂」を開業しました。

1923年、王 文彩(おう ぶんさい)さんが料理長の中国料理店「竹家食堂」で出した中国のラーメンの範疇にはいる「肉絲麺(ロゥスーミェン)」が札幌ラーメンの醤油ベースの元祖といわれ、「ラーメン」という言葉が誕生したといわれています。
※王 文彩(おう ぶんさい)さんが1924年に後任の李彩さん、李宏業さん、李絵堂さんらによって、より日本人向けの味に改良され、好評を博していきました。現在、のれん分けした「竹家」が神戸市灘区で営業継続しています

終戦直後の1946年頃に満州などからの引揚者達が屋台で作った豚骨から煮出した濃いスープのラーメンが現在のスタイルの源流となり、松田勘七さんが開業した「龍鳳」が元祖といわれ、1947年に西山仙治さんが開業した「だるま軒」と共に人気店となりました。

1950年、元南満州鉄道職員であった大宮守人さんが、屋台営業でラーメンを出して稼いだ資金を元手に、札幌市中央区南7条西3丁目のすすきのに「味の三平」開業しました。開業当時は、醤油ラーメンと塩ラーメンで味噌ラーメンはありませんでした。

1951年には初代札幌ラーメン横丁が誕生しました。

1954年、大宮守人さんにより、味噌ラーメンが開発し、翌年に、雑誌「暮らしの手帖」で、「味の三平」が紹介されて繁盛し、味噌ラーメンの元祖であり札幌ラーメンのカリスマとして「味の三平」は有名になりました。
※味噌ラーメンの考案については大衆食堂で誕生したとの異説も有力のようです

1966年にはサンヨー食品からインスタントラーメン「サッポロ一番しょうゆ味」が発売されました。

 

博多ラーメン

主に福岡県福岡市で作られる、豚骨スープとストレートの細麺をベースにしたラーメン

【特徴】

  • 素麺のような白っぽく細い、極細ストレート麺が一般的
    ※福岡県がラー麦を開発し、2009年から流通しています
  • 具はシンプルで、ネギだけ、あるいはネギとチャーシューが多い
    ※他によく見られる具材は、キクラゲ、モヤシ、メンマ、海苔や店のテーブルには白ゴマ、紅しょうが、辛子高菜などが置かれ、好みに合わせてトッピングできる
  • 殆ど豚骨スープが基本
    ※店舗によっては豚骨特有の強烈な匂いが店内や店舗周辺に漂っている場合あり

【歴史・発祥】

※いくつかの説があります

2011年4月4日に「とんこつラーメン発祥の地記念碑」のお披露目式がJR久留米駅前でありました。とんこつラーメン発祥の地として改めて注目された年になりました。
※モニュメントの設置場所は、JR久留米駅前です

諸説①

1941~2年頃に中洲の福岡玉屋近くの博多川沿いで森堅太郎さんが屋台「三馬路(さんまろ)」を開業しました。当時は清湯(透き通ったスープ)の豚骨スープに平麺のラーメンでした。

1946年には中華料理を学んだ井上清左衛門さんが中洲や柳橋で屋台「博多荘」を開業しています。また、この時点では、白濁豚骨スープのラーメンではありませんでした。同年に博多駅近くで当初はうどん屋台でしたが、奉天(現在の中国の瀋陽市)で食べた白濁豚骨スープの麺「十銭そば」をヒントに津田茂さんが屋台「赤のれん(現在:赤のれん節ちゃんラーメン)」開業し、現在の白濁豚骨スープのラーメン売り出しました。
※奉天(現在の中国の瀋陽市)の「十銭そば」は、アイヌ民族の伝統的な汁物料理・オハウをヒントに考案されたという説
※「赤のれん」の津田茂さんと「博龍軒」(馬出中央商店街)の山平進が合作で作り上げたという説

諸説②

1937年、福岡県久留米市の西鉄久留米駅前に横浜市の南京町(現在の横浜中華街)や東京で中華そばを研究した宮本時男さんが屋台「南京千両」を開業しました。出身地が長崎県でちゃんぽんのスープをヒントに「豚骨スープ」を考案しましたが、当時は清湯(透き通ったスープ)の豚骨スープでした。

1947年、宮本時男さんと親交のあった杉野勝見さんは、宮本時男さんからもらった「三九」という屋号で、弟の昌俊さんと共に屋台を開業しました。ある日、杉野兄弟が所用のために仕込み中のスープの管理を母親に任せたところ、強火過ぎてスープが白濁してしまい、開店まで時間がなかった為、白濁したスープの味を調え営業したところ好評でした。
※偶然生まれ、またラーメンに海苔を乗せるスタイルを発案

 

喜多方ラーメン(福島県)

福島県喜多方市発祥のご当地ラーメン

【特徴】

  • スープは醤油味の透明な豚骨スープがベース
    ※豚骨のベースと煮干しのベースを別々に作り、それらをブレンドしたものを提供するお店もあるようです
  • 麺は「平打ち熟成多加水麺」と呼ばれ、幅は約4mmの太麺、独特の縮れがあります
  • 具はチャーシューを主として、ねぎ、メンマ、なるとなどが一般的な構成

【歴史・発祥】

喜多方ラーメンのルーツは、中国浙江省の生まれで両親と死別したため、大正14年に19歳の藩欽星(ばん・きんせい)さんは、日本で働こうと長崎に来ました。東京、横浜で土木作業員をしながら、昭和2年に喜多方にある加納鉱山(銅山)で働いていた叔父を頼ったのですが、叔父は仕事を世話でしませんでした。

相談した結果、中華麺を打って屋台で売り歩いて生計をたてる事にしました。中華麺を思い出して見よう見まねで作ったのが喜多方ラーメンの特徴でもある「平ったくて、太い麺で、縮れ麺」だったそうです。

藩欽星(ばん・きんせい)さんは、延ばし加減と太さは、一番口当たりのよい太さを考え、つゆをうまく絡み合う具合を工夫して縮れにしたそうです。平ったくなってしまった理由は、打ち方が、竹棒を股に挟んで体重をかけて延ばしたからだそうです。

源来軒の藩欽星(ばん・きんせい)さんは、麺やスープづくりを秘伝とすることなく積極的に公開し、多くの弟子たちが現在の喜多方ラーメンを支えているそうです。1986年に喜多方市の産業経済功労者として表彰されています。

写真館「金田写真荘」の金田実さんが四季を通して蔵の写真を東京で開催した写真展「蔵のまち喜多方」が浸透して喜多方市の観光の原点は「蔵」といわれています。

1975年、NHK総合テレビ『新日本紀行』で蔵と人々をテーマにした「蔵ずまいの町 福島県・喜多方市」が放送されてから観光客が急増しました。

観光収益の増大のために観光客の滞在時間の増加が課題になっていたところにラーメン店に目をつけ、団体客用の昼食場所として観光業者に紹介したところが「満古登(まこと)食堂」だったそうです。

1杯数百円の安い値段のお店を昼食場所に紹介することに一抹の不安があった為、民放の関係者を「まこと食堂」に連れて行き、意見などを聞いたところ「まこと食堂」のラーメンが特徴的ということで民放のテレビ番組に取り上げられました。

1983年、県の観光連盟の仲介で日本交通公社(現JTB)の雑誌『るるぶ』でPR記事1ページ分に喜多方ラーメンの観光宣伝を仕掛けたところ、NHKなどでも取り上げられたことから、喜多方ラーメンが全国的に認知度が急上昇しました。
昔は、喜多方のラーメンは箸だけでレンゲは使わなかったそうです。

 

源来軒は、喜多方ラーメンの元祖と言われている老舗

住所:〒966-0849 福島県喜多方市字一本木上7745
TEL:0241-22-0091
営業時間:10:00 – 19:30
定休日:火曜日

 

醤油味の代表である「満古登(まこと)食堂」※喜多方ラーメンとして紹介された最初のお店

店名:まこと食堂 (まことしょくどう)
ジャンル:ラーメン、かつ丼、かつ重
TEL:0241-22-0232 予約可
住所:福島県喜多方市字小田付道下7116
営業時間:7:30~15:00(スープなくなり次第終了)、朝食営業、ランチ営業、日曜営業
定休日:月曜日(祝日の場合は営業し、翌日が休み)

 

塩味ラーメンの「坂内(ばんない)食堂」※喜多方ラーメン坂内・小法師の母体店的存在

店名:坂内食堂 (ばんないしょくどう)
ジャンル:ラーメン
TEL:0241-22-0351 予約不可
住所:福島県喜多方市字細田7230
営業時間:7:00~18:00(スープがなくなり次第閉店)、朝食営業、ランチ営業、日曜営業
定休日:木曜(祝日の場合営業)、元旦

 

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