2016年2月6日、日本テレビ系列『有吉反省会』では「いつでもどこでもどんなときでも小指がピンと立っていること」を反省しに2010年11月の公演中に突然過呼吸などの症状に襲われパニック障害の闘病から復帰した北島ファミリーの演歌歌手・大江裕さんが出演されました。

大江裕

出典:http://natalie.mu/

TBSアナウンサー・安住紳一郎さんの勧めでデモテープを送った北島音楽事務所の目に留まり、歌番組の歌唱中や師匠・北島三郎さんの前、プロモーションビデオでも、ところかまわず小指が立てて有吉弘行さんに仕草やしゃべり方から「オネエなのでは?」との疑惑をかけられた演歌歌手・大江裕さんについて当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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Wikiより詳しい?大江裕のプロフィール

大江裕1

出典:http://www.kitajima-music.co.jp/

名前:大江 裕(おおえ ゆたか)
生年月日:1989年11月16日
出身地:大阪府岸和田市
身長:175cm
体重:100kg(自称)
趣味:将棋(高校時代、よく教頭と将棋を指していたそうです)
特技:美空ひばりの歌真似
ジャンル:演歌
職業:演歌歌手
活動期間:2009年 – 2010年、2012年-
レーベル:日本クラウン
事務所:北島音楽事務所

大江裕さんに演歌を歌わせて相当厳しく教え込んだのは、祖父の熊蔵さんだそうです。呑み屋で歌った際、歌い方に不満を持った祖父の熊蔵さんが、罰として叩いた時に持っていたマイクが唇に当たり怪我をしたことがあるそうです。

2007年2月18日に放送されたTBS系『さんまのSUPERからくりTV』の「全国かえうた甲子園」という企画コーナーの大阪代表として出場した当時は、高校生でありながら演歌好き、常に敬語で話す礼儀正しいキャラクターで「歌うま過ぎ」、「超フケ顔演歌高校生」として人気を集め、注目を浴びました。
※TBS系『さんまのSUPERからくりTV』は2014年9月7日まで放送されていました

小さな頃から祖父と共に行動していたなのか若者文化に溶け込めず、単位不足で高校中退後自宅に引き篭もってしまい精神的ストレス(円形脱毛症を発症)になっていたようです。その後もTBS系『さんまのSUPERからくりTV』の「全国かえうた甲子園」で「演歌浪人」、「演歌一般人」で紹介されました。

大江裕さんは、演歌歌手を目指していたことから、TBSアナウンサー・安住紳一郎の勧めでデモテープを送った北島音楽事務所の目に留まりました。
※返事の手紙を読んだ時に漢字が読めずに内容を把握しきれませんでした。

デビュー前に以前より10kg近く増加していた事を周囲から指摘され、北島ファミリーの演歌歌手・北山たけしさんが和太鼓を叩く姿を見てその肉体美に憧れ、和太鼓の訓練を行ったこにより実際に体重91kgほどに減量に成功しました。

2009年2月15日、原譲二(北島三郎がペンネーム)名義で作曲したシングル『のろま大将』で内弟子の経験を持たない初の北島ファミリーの一員としてデビューを果たしました。
※TBS系『さんまのSUPERからくりTV』は大江裕さんの素人時代からデビューに至るまでを追い続けていました

のろま大将 / 大江裕

 

2010年11月、公演中に発生した過呼吸に襲われ、あまりの苦しさから、そのまま救急車で運ばれパニック障害と診断され、12月2日付にて所属事務所から歌手活動を休業が発表されました。
※復帰会見の際にパニック障害を発症していたことを告白

自宅療養から少しずつ回復し、事務所で電話番などでリハビリを重ねたそうです。2011年、「芸道50周年記念 北島三郎特別公演」で約2カ月間、付き人を務めてから再び歌いたくなることができたそうです。
※付き人といっても休憩時間の配慮が図られていたそうです

2012年3月7日、シングル『ふる里はいま…』のリリースを兼ねた復帰会見が行われ、公式サイト上でも同年3月8日付で活動再開が発表。4月29日にはデビューのきっかけとなったTBS系『さんまのSUPERからくりTV』に出演されました。

 

感動!大江裕「のろま大将」 東北へ(被災した恩人へ涙の懺悔)編

 

2012年4月29日に放送されたTBS系『さんまのSUPERからくりTV』で1年4ヵ月ぶりに復帰した大江裕さんですが、パニック障害で仕事をキャンセルしてしまったことを謝罪されました。

また、東日本大地震が発生する1か月前からパニック障害と診断され、外出する事が出来ず下宿先の布団から起き上がれない状態だったそうです。

震災後、何気なくテレビをつかた時に、復興に向けて頑張っている方へ「今聴きたい歌」を質問するコーナーで、宮城県南三陸町でガソリンスタンドを経営する男性が「聴きたいのは大江裕さんの『のろま大将』」と答えました。

『のろま大将』を聴く事によって、自分を奮い立たせて復興に向けて頑張っている姿に大江裕さんは「何で今すぐ行けないんだろう。何で今すぐ、そのお父さんの前で歌を歌う事が出いないんだろう」と自分を責めてしまったそうです。

しかし、その映像を見た翌日から大江裕さんは、初めて1人で家の外へ踏み出す事が出来たそうです。小さな1歩かもしれませんが、大江裕さんにとっては、復帰への大きな1歩だったに違いありません。

 

大江裕の武勇伝?

天然キャラぶりを全開?

2009年2月21日に東京・新宿のタワーレコードでミニライブを行った時に「お足元を運んでいただきありがとうございます」と挨拶が意味不明でした。また、「北島先生のように新宿コマ劇場に立ちたい」と前年に閉館したステージを目標を掲げ、天然キャラぶりで笑いを誘っていました。
※2008年12月31日に閉館

演歌以外の音楽について殆ど知識が無い?

バンドのMr.Childrenを「外国の方ですかね」、倖田來未さんについても「江沢民のことかと思っておりました」と答えたり、イルカさんのことを動物のイルカと勘違いしたり、KAT-TUNについても全く知らなかったようです。

 

始球式でグローブを使わず右手でボールを投げた?

2009年8月26日、横浜VS阪神戦(横浜)の始球式に登場しました。野球の知識・経験が皆無である事を打ち明け、自分が右投げか左投げかも判断できずに両方のグローブを用意していました。

その後、工藤公康さんに右投げと判断されて、右投げの三浦大輔に投球方法を指導されることでキャッチャーまで届くようになったのですが、、本番では誤って左投げ用のグローブでマウンドに上がってしまいグローブを着けた右手を振り投げてしまいました。

 

アナログ人間?

日本クラウンからデモディスクを渡された時に「かける機械がございません」とCDなどのデジタルオーディオの存在を知らなかったそうです。

1980年代に流行した木箱の8トラック&コンパクトカセットのホームカラオケ機器と小型のテープレコーダーを愛用していたそうです。多分ですが下記のようなイメージだと思います。
※CDプレーヤーもデモディスクとともにプレゼントされたそうです

8トラック&コンパクトカセット

出典:http://blogs.yahoo.co.jp/

いつでもどこでもどんなときでも小指がピンと立っている?

動画で検証してみたいと思います。「おんなの嘘」の動画は歌う前から小指がピンと立っていると思うのは自分だけでしょうか。

 

あゝ上野駅 / 大江裕

 

たこやき日和~夫婦屋台~ / 山口ひろみ&大江 裕

 

第54回知床開き04_ 大江裕歌謡ショー

 

「おんなの嘘」 / 大江裕

 

大江裕の小指が常にピンピンし始めたのは中学生から?

日本テレビ系列『有吉反省会』の番組内で小指がピンと立っている北島ファミリーの演歌歌手・大江裕さんの証拠写真をまずご覧下さい。

北島ファミリーの演歌歌手・大江裕1 北島ファミリーの演歌歌手・大江裕2 北島ファミリーの演歌歌手・大江裕3 北島ファミリーの演歌歌手・大江裕4 北島ファミリーの演歌歌手・大江裕5 北島ファミリーの演歌歌手・大江裕6

 

大江裕さん曰く、中学生の頃には小指が無意識にピンと立っていたそうです。ガッツポーズをとってもピンと立ってしまうそうです。師匠の北島三郎さんは、「裕!気合い入って小指立っているなぁ!」と気合の印のように思われているそうです。

 

小指がピンと立てるよりもオネエ疑惑が浮上?

北島ファミリーの演歌歌手・大江裕さんは、有吉弘行さんに「珍しい、オネエで男の世界歌う」と言われて「オネエじゃない」と否定をしても、手振りがどうみてもオネエでIVANにもツッコミを入れられていました。

実は、IVANは大江裕さんと飲み友達で、IVANが「(大江裕さんは)ちゃんと男を見てる」と、カミングアウトしていました。他にも、はるな愛さんと一緒に飲む事もあるそうです。その発言から周りからオネエ会に参加していると指摘されながらもIVAN「ちゃんとオネエだった」と暴露されていました。

北島ファミリーの演歌歌手・大江裕7

はるな愛さんからも「演歌歌手でオネエがいないんだからカミングアウトしちゃいなよ」と言われたそうですが、大江裕さんは頑なに「本当は(オネエ)違うのでね。嘘はつけないじゃないですか」と言いましたが有吉弘行さんから「嘘つきオネエ」というあだ名を付けていました。

 

小指をピンと立てても、当たり障りなく応援してみたいと思います。