2016年11月6日、TBS『情熱大陸』では大人の女性のやるせない想いを迫力あるハイトーンで歌い上げ、「DA・KA・RA」、「あなただけ見つめてる」などミリオンヒットを立て続けに放った大黒摩季さんに密着です。

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2010年10月から無期限活動休止して病気の子宮疾患のために不妊治療、母親の介護と幾つもの現実に向き合いながら年下の夫と愛猫と暮らしながら自らを「あきらめの悪い女」という大黒摩季さんについて当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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Wikiより詳しい?大黒摩季のプロフィール

出典:

名前:大黒 摩季(おおぐろ まき)
生年月日:1969年12月31日
出身地:北海道札幌市南区
身長:161cm
体重:―kg
出身高校:藤女子高等学校
職業:シンガーソングライター、作詞家、作曲家
配偶者:1歳年下に一般男性
家族構成:株式会社札幌キムラヤの元社長・大黒正芳(父親)、株式会社札幌キムラヤの現社長・大黒礼騎(弟)
事務所:ビーイング

ホームページ:大黒摩季 公式 WEB SITE http://maki-ohguro.com/
ファンクラブ:「M’DRIVE」 http://www.m-drive.net/
Twitter(ツイッター):@m_ohguro

https://twitter.com/m_ohguro

YouTubeチャンネル:Maki Ohguro Official Channel

https://www.youtube.com/channel/UCmOrEqLjkfkyY4dM5cfE0xA

幼少の頃はオモチャがピアノで3歳からクラシックピアノを始めてから小学生の頃には作曲をするようになっていました。北海道札幌市にあるカトリック系の藤女子高等学校を卒業して上京しました。

1989年にビーイング主催の第3回BADオーディションに合格したが、デビューではなくコーラスをするように言われて下積みの道を選び、ビーイング系アーティスト(織田哲郎さん、DEEN、T-BOLAN、B’z、ZARD、TUBE)のコーラスを担当しました。
※日本女性初ソロギタリストでデビュー後にKIX-S(キックス)で活動をしていた安宅美春さんのギターソロアルバム「孤独のRUNAWAY」にゲストボーカルとして参加しています

当時、布袋寅泰さんと結婚していたシンガーソングライターの山下久美子さんの「WHY?」、「LOVE & PEACE」、「BIBBIDI, BOBBIDI, BOO」をカバーやSILK(大森絹子さん)のアルバム収録曲「ジョン・レノンが聴こえる夜」の作曲をしたことで作曲家デビューを果たしました。

しかし、大黒摩季さんが望んでいた歌手デビューがなかなか実現しないために事務所を辞めてアメリカへ旅に出た滞在先で社長から「歌手デビューの話が進んでいる」という連絡を受けて事務所に復帰して活動を再開し、1992年5月27日に1stシングル「STOP MOTION」で歌手デビューを果たしました。

1992年9月23日初のタイアップ「マルちゃん HOT NOODLE CMソング」で2ndシングル「DA・KA・RA」はCMの人気を集めたことで曲も人気を集めて初のオリコンチャートTOP10入りを果たしてミリオンヒットを達成して第34回日本レコード大賞新人賞受賞しました。
※今村雅美さんとエドワード・ファーロングが共演して話題になりました

 

大黒摩季さんはデビューしてからメディア出演やライブ活動の露出を数年は控えたことから「歌手担当、写真で顔を出すモデル担当、作詞・作曲担当と3人いる」や「コンピューターで作られたもので実在しない」という都市伝説が存在していました。
※実は、デビュー前の1992年5月17日にフジテレビ『ミュージックフェア』で初出演を果たしています

1997年8月1日、レインボースクエア有明特設ステージで開催された初のソロライブ『LIVE NATURE#0~Nice to meet you~』で初めて本格的にファンの前に姿を現したことをきっかけに全国ツアーを開催するようになりました。

1999年12月31日に奈良・東大寺で開催されたカウントダウンライブで充電休養を宣言し、2001年にビーイングを脱退して古巣の東芝EMIにレコード会社を移籍してから2001年8月8日に発売された21枚目のシングル「虹ヲコエテ」の発売を機に活動再開しました。
※21枚目のシングル「虹ヲコエテ」は大黒摩季さんにとって初のマキシシングル

友人の紹介で知り合った1歳年下の会社員と2003年11月11日に入籍しました。
※夫は坂口憲二さん似のスポーツマンタイプで、知り合った時も「アーティスト?あぁ、画家ですか」と言われたそうです

 

大黒摩季 無期限休止は病気療養のためだった

2010年8月25日に投稿された「ファンクラブの皆様だけへ大事なお知らせ」、「~ アルバム「すっぴん」発売日!&大事なお知らせ ~」にて

「1996年末に発覚し、だましだまし付き合って来ました子宮疾患がここに来てかなり進行し、集中して治療しなければかなりマズイと言うことで、その治療のためやむなく活動休止せざるをえない状況です」
http://www.oricon.co.jp/から引用

と、公表したことで2010年9月11日に開催された東京・渋谷C.C.Lemonホールのファイナルを最後に2010年10月末から無期限で活動を休止することになりました。

大黒摩季さんの病気の状態は、重度の「子宮腺筋症」だけでなく、「左卵巣嚢腫(のうしゅ)」、「子宮内膜症」、「子宮筋腫」の併発していることで子宮や卵巣と卵管が一塊に癒着して子宮全体が大きく腫れあがると骨盤の中で大きな塊となって他の臓器を圧迫し、これ以上肥大すると子宮全摘出しか方法ないところまで進行していたそうです。

症状を軽減する一番の方法が妊娠だったようで大黒摩季さんは何度も体外受精を行ってきたそうですが、ハードな仕事の中では数度にわたって流産を繰り返していたこと、発覚した1996年から10年近くは誰にも相談ができなかった事を赤裸々に告白していました。

 

情熱大陸で大黒摩季が語った夫への思いと子供について、新曲のテーマ「母」について 続きは次へ