1978年から毎年8月下旬の土曜日から日曜日にかけて生放送されている日本のチャリティー番組といえば、24時間テレビ38 「愛は地球を救う」ですね。この時期になるとチャリティーマラソンランナーが公表される時期です!※2015年で38回目を迎えます

24時間テレビ 愛は地球を救う出典:http://www.ntv.co.jp/24h/

第15回(1992年) の時にマンネリ化が進行していた番組の「テコ入れ」を図る1つとして、チャリティーマラソンがスタートしたと言うことをご存じでしたでしょうか。今年のチャリティーマラソンランナーは、DAIGOさんに決まりました。

歴代のランナーを振り返りながらどんな方なのか、お伝えしたいと思います。

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歴代チャリティーマラソンランナー第15回~第26回

第15回(1992年) 間寛平 43歳 200キロ

 第15回(1992年) 間寛平 43歳 200キロ

出典:http://xn--24tv-jo4cphxcyd.blog.so-net.ne.jp/

視聴率の低さから番組の存続が危ぶまれることに悩み、間寛平さんの当時のマネージャーに「寛平ちゃんには悪いけど、深夜に10分だけ出てもらえないだろうか?」と依頼し、すると、そのマネージャーが「10分と言わず、24時間テレビやから24時間走らせましょか?」と答えたのだ。

「えっ! そんなことができるの?」とプロデューサーも驚いたが「寛平ならできます」と受けて話は進み初代チャリティーマラソンランナーが誕生しました。

初めての24時間チャリティーマラソンランナー。事前にスタート地点や走行ルートを公開してしまったためにスタート地点や沿道に応援する人やファンが殺到。交通の妨げになるという理由で途中棄権を余儀なくさせられるというハプニングで終わってしまいました。

 

第16回(1993年) 間寛平 44歳 200キロ

 第16回(1993年) 間寛平 44歳 200キロ

出典:http://matome.naver.jp/

リベンジ無事成功!

 

第17回(1994年) ダチョウ倶楽部(肥後克広31歳、寺門ジモン31歳、上島竜平33歳) 100キロ

 第17回(1994年) ダチョウ倶楽部(肥後克広31歳、寺門ジモン31歳、上島竜平33歳) 100キロ
出典:http://www.officiallyjd.com/

当時では3人同時でチャリティーマラソンをするのは初。25時間20分でゴールしています。2011年5月25日(水)付の東スポでビートたけしさんがダチョウ倶楽部から「車で移動した」、「走ってなかった」と聞いたぞ。「まぁダチョウのネタかもしれないけどな(笑)」と暴露されていたこともありましたね。

 

第18回(1995年) 間寛平 46歳 600キロ 神戸~東京を7日間で完走

第18回(1995年) 間寛平 46歳 600キロ 神戸~東京を7日間で完走

出典:http://artist.cdjournal.com/

1995年に阪神・淡路大震災が起きた時には、「日本を元気づけよう」と神戸と東京間、約600kmを7日間で走破しています。(余談ですが、ギリシャの鉄人マラソンと呼ばれる“スパルタスロン”で246kmを3度も完走、モロッコのサハラマラソンなどの過酷なレースも完走されています。)

 

第19回(1996年) 赤井英和37歳 100キロ

 第19回(1996年) 赤井英和37歳 100キロ

出典:http://www.officiallyjd.com/

「つなげよう!愛のタスキリレー日本列島縦断3600キロ」と題した600人によるたすきリレーマラソンの中で、アンカーとして赤井英和さんが100kmを走りました。

 

第20回(1997年) 山口達也(TOKIO) 25歳 100キロ

第20回(1997年) 山口達也(TOKIO) 25歳 100キロ

出典:http://matome.naver.jp/

当時ではジャーニーズ初のチャリティーマラソンランナー。

 

第21回(1998年) 森田剛(V6) 19歳 100キロ

第21回(1998年) 森田剛(V6) 19歳 100キロ

出典:http://www.suruga-ya.jp/

当時最年少のマラソン挑戦者として100キロを完走しています。休憩所にはV6のメンバーも集まり応援されながら腹痛を乗り越えゴール。

 

第22回(1999年) にしきのあきら 50歳 110キロ

 第22回(1999年) にしきのあきら 50歳 110キロ

出典:https://www.cocokarada.jp/

当時の史上最高齢ランナーとして挑戦し、見事に完走。翌年以降もランナーであった縁から同番組に多く出演しており、後輩のランナーに完走のコツを伝授しているそうです。

 

第23回(2000年) トミーズ雅 40歳 150キロ

 第23回(2000年) トミーズ雅 40歳 150キロ

出典:http://www.officiallyjd.com/

マラソン完走したら彼女にプロポーズする!という目標をたてて、完走しました。

 

第24回(2001年) 研ナオコ 48歳 85キロ

第24回(2001年) 研ナオコ 48歳 85キロ

出典:http://www.officiallyjd.com/

初の女性チャリティーマラソンランナー。寝ずに完走しました。

 

第25回(2002年) 西村知美 31歳 100キロ

 第25回(2002年) 西村知美 31歳 100キロ

出典:http://tororin3.progoo.com/

ホノルルマラソンの経験も活かし、チャリティーマラソンランナーになりました。西村知美さんの時は、午後6時すぎに「残り30Km」だったのが、1時間後の午後7時過ぎに「残り10Km」になっていました。ワープ疑惑が浮上してしまいました。

 

第26回(2003年) 山田花子 28歳 110キロ

第26回(2003年) 山田花子 28歳 110キロ

出典:http://matome.naver.jp/

前年の西村知美さんが瞬間移動ともとれるワープ疑惑があったことから、ネット上では車で移送してるのでは?という声が上がり、2ちゃんねらーが山田花子の後を着いて行くということが起こった。その結果番組内でゴールできなかった?

日本武道館まで残り4kmのところで放送が終了しいます。22時から10分間の特別番組を編成し、ゴールの模様を生中継されましたが、日本武道館の使用時間期限を過ぎていたため、玄関前でのゴールとなりました。『おしゃれカンケイ』以降の番組は10分ずつ繰り下げて放送される結果に。

 

第27回~第38回目のDAIGOさんについて知りたい方、続きは次のページへ