2016年8月5日、TBS系列『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』では、「使う人の気持ちを考えながら仕事をすること。笑顔で仕事すること」をモットーに仕事をしている世界一の掃除のカリスマ新津春子さんが再出演します。

2015年に放送された『NHKプロフェッショナル 仕事の流儀』で最高視聴率を獲得し、著書『“世界一”のカリスマ清掃員が教える!掃除はついでにやりなさい!』が15万部を突破。新津流のお掃除術と新津春子さんについて当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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Wikiより詳しい?新津春子のプロフィール

出典:http://www.jprime.jp/

名前:新津 春子(にいつ はるこ)
中国語表記:郭 春艶(カク シュンエン)
生年月日:1970年
出身地:中国 遼寧省瀋陽市(瀋陽とは、日本が統治していた旧満州にある町)
備考:残留日本人孤児2世、既婚者

著書

2016年4月発売 『新津春子。世界一のおそうじマイスター!』
2016年3月発売『“世界一”のカリスマ清掃員が教える掃除は「ついで」にやりなさい! 部屋も心もきれいになる63のワザ』
2016年3月発売 『清掃はやさしさ 世界一清潔な空港を支える職人の生き様』
2015年12月発売 『世界一清潔な空港の清掃人』

 

中国の遼寧省瀋陽市で第2次世界大戦時に中国に取り残された日本人の父親・一郎さんと中国人の母親・俊子さんとの間に生まれ、小学生の頃から日本人として罵倒や石を投げられたりとイジメにあったそうです。

1972年9月、日本と中華人民共和国が国交を結んだことを日中共同声明を発表して日中国交正常化したことにより、父親・一郎さんが祖国で暮らしたいという願いから17歳の時に家族5人で日本に移住しました。

移住してから、名前を当時の内閣総理大臣田中角栄氏にあやかって「田中 春子」に改名し、中国よりも日本の物価が高かったこともあり、生活や学費を助けるために高校に通いながら清掃のアルバイトを始めました。日本で中国人としてイジメを受けていたそうです。
※当時は、新津春子さんは日本語がうまく喋れなかった為、アルバイトの不採用が続き、清掃のアルバイトしかなかったそうです

高校卒業後は、音響機器メーカーに就職していましたが、長くは続かず、清掃のアルバイトだけは続けていたそうです。清掃という仕事にやりがいを感じ始めた新津春子さんは、東京都品川区の職業訓練施設に通って清掃の技術を身につけ、1995年(25歳)の時に日本空港テクノ株式会社に入社。

翌年(1996年)に国家資格のビルクリーニング技能士を取得し、1997年に清掃作業監督者の資格を取得して全国ビルクリーニング技能競技会の関東地区予選を2位で全国大会へ出場を決めましたが、新津春子さんは1位になれなかった事に悩み、上司の鈴木常務から

「君には優しさが足りない」

と、言われたアドバイスに最初は理解が出来ず、清掃に対する取り組みを振り返っていくうちに「清潔さを保つためだけではなく、清潔さを保つことで、気持ちよく利用してもらうため」だと気付いたそうです。

新津春子さんは、無理にでも笑うことを心がけて清掃を続けたところ利用者の人から初めて「ごくろうさま」という言葉をかけてもらい、それをきっかけに予選から2か月後に行われた、1997年「全国ビルクリーニング技能競技会」の東京都代表として全国大会に出場して史上最年少で優勝しました。

1998年に結婚しました。

NHKのドキュメンタリー番組「プロフェッショナル仕事の流儀」の弱冠30歳のディレクター・築山卓観さんの一目惚れをきっかけに世に知れ渡る事になりました。
イギリスに拠点を置く航空サービスリサーチ会社のSKYTRAX社(スカイトラック)が空港利用者のアンケートに基づいて順位を決める国際空港ランキング「World Airport Awards」で公開している格付けランキングの中で「世界で最も清潔な空港」に東京国際空港(羽田空港)が2013年、2014年の2年連続に選ばれました。

追記:2016年度「世界で最も清潔な空港」を第1位を獲得しました

 

番組終了後に更新していきます。