2016年9月26日、テレビ朝日系列『しくじり先生 俺みたいになるな!!3時間スペシャル』では、自動車輸入販売会社を設立して一時は年商100億円を叩きだし、六本木ヒルズの自宅や3000万円のベンツを所得していた南原竜樹さんが「マネーの虎でイキっていたのに、ホームレスになっちゃったしくじり社長」としてしくじり先生として出演です。

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出典:http://physiqueonline.jp/

現在は会社を再生させてパーソナルジム「LIVITO(リビト)」を新たに経営しながら自らの肉体を鍛え始め体脂肪10%を切るところまで絞り込んで劇的な変化を自らの身体で証明している南原竜樹さんについて当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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Wikiより詳しい?南原竜樹のプロフィール

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出典:http://physiqueonline.jp/

名前:南原 竜樹(なんばら たつき)
生年月日:1960年5月29日
出身地:岡山県岡山市(東京都港区 在住)
血液型:O型
出身高校:愛知県立松蔭高等学校
最終学歴:愛知工業大学

Twitter(ツイッター):@nambaratatsuki
Facebook:https://www.facebook.com/nambaratatsuki
ブログ:オートトレーディング南原竜樹日記(日刊ではありません – livedoor Blog
※2013年2月1日以降から更新されていません

厳格な家庭環境で育ち、幼少時代から高級車に興味を持ち、高校時代にはアルバイトで貯めたお金をつぎ込んで当時同年代では誰も乗っていなかったホンダ・ドリームCB750FOUR(通称:ナナハン)に乗っていたそうです。

愛知工業大学在学中から自動車に熱中していた南原竜樹さんは、1983年に卒業旅行のつもりでドイツに赴き、名所巡りなどせずにディーラー巡りを行い、日本との自動車の価格差に衝撃を受けてたが、ビジネスチャンスだとを直感してクルマ仲間に電話をかけてその安さを伝えたところ、購入希望者が現れたことで自動車の輸入販売ビジネスを始めるきっかけになりました。

会社設立前は、吉野家やオートバックス、ガソリンスタンドなどのアルバイトを掛け持ちしながら、バブル景気最中の1988年2月12日にオートトレーディングルフトジャパン株式会社(現・株式会社LUFTホールディングス)を設立してアラブ首長国連邦からの輸入を開始しました。

1989年、スーパーカーに着手を始めて当時、株式会社メイテックの社長・関口房朗さんに社員の福利厚生の一環として誰も使わない海の家を作るよりフェラーリを買いませんか?と売り込んで成功を収めたことでメディアを賑わし、株式会社メイテックにとって大きな広告効果になりました。
※フェラーリ・F40は当時の日本のディーラー価格で4650万円を2億円で売り抜け、日本での販売の半数を手がけるようになりました

1993年、円高によってアメリカ車を大量輸入し、1994年にはポンド危機を期にイギリスよりイギリス車を大量輸入。1995年に自動車販売用のコンピュータ・ソフトウェアを独自開発を行い後バブルの崩壊を予測してメキシコ産ビートルの輸入に転換や韓国の通貨危機を利用して大量に自動車を輸入して大きなビジネスにつなげていきました。

1997年、車販売の支援ソフトウェア「車やさん」を開発し、販売開始し、1998年にはインターネットによる自動車販売開始してからアジア通貨危機を利用してアジア通貨危機国より車を輸入していきました。

1999年、東京整備工場と大阪整備工場を開設して「マニュアルトランスミッション車におけるクラッチ補助装置」実用新案登録しました。

2001年10月6日から2004年3月29日の期間に日本テレビで放送された『¥マネーの虎』の準レギュラー出演で冷徹な虎として恐れられ、クールで冷静沈着だが主張は押し通す面があり、川原浩史社長や堀之内九一郎社長と衝突する事が多かった。

高級欧州車の並行輸入で業績を伸ばしながら2001年にはアルファロメオの代理店「チェッカーモータース」を買収。2003年、イギリスの老舗自動車メーカー「ロータス」、「MGローバー」の輸入権も獲得したことで年商は一時100億円を超えました。