Wikiより詳しい足立沙織のプロフィール

足立沙織

出典:http://buzz-press.com/

旧姓:足立沙織(あだち さおり)
生年月日:1984年1月4日
血液型:A型
身長:155㎝
出身:岐阜県
最終学歴:早稲田大学卒
事務所:クロムハーツトウキョウ

高校生時代にバスケットボール部のキャプテンを務め、クラスのマドンナ的存在だったそうです。早稲田大学に入学し、在学中にViViやTiara Girl の読者モデルとして活躍され、東京ガールズコレクションにも出演経験があります。
※モデル・渡辺由布子さんとは、読者モデル時代から仲良くされているようです

足立沙織1

出典:http://akeynews1111.seesaa.net/
学生時代

足立沙織2

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読者モデル

大学卒業後は、ファッション業界を志望し、ユナイテッドアローズに就職しましたが、転職をしてクロムハーツのプレス(広報)を担当しています。

 

中村獅童(2代目)と足立沙織の出会いは?

出会いは2010年頃で中村獅童(2代目)は「穏やかで感じのいい人。すぐに結婚を意識した」そうです。しかし、当時、プレーボーイのイメージ強かったため、「『結婚してください』とプロポーズしたけど、丁重に断られました。4、5回誘って、会ううちに僕のことも分かってくれるようになった」と、結婚前提の交際までの経緯を語られています。

大恩人の中村勘三郎さんが2012年12月5日に亡くなり、喪に服すため結婚を延期しました。
出会いから3カ月後に家族を含めて会食。足立沙織さんの父親が警察関係者で、中村獅童(2代目)の母・陽子さんは「獅童を指導してください」と頼んだそうです。2013年10月に都内の劇場公演が続き、実家から通った時に足立沙織さんも一緒でした。

母・陽子さんも足立沙織さんを娘のようにかわいがっていたようで「朗らかで、あなたにぴったりよ」と中村獅童(2代目)に言っていたそうで、ウエディングドレスや白無垢(むく)も用意していました。

ある時、母・陽子さんが白無垢をかぶって中村獅童(2代目)の前を通ったことがあるそうで、中村獅童(2代目)は「僕は怒ったけれど、それが結婚を許す合図だった」と明かしています。

しかし、その3日後、12月17日に母・小川陽子さんが急死され、さらに結婚は延期になりました。中村獅童(2代目)は「よく5年間待ってくれた。いつも陰から支えてくれて家を守ってくれた。きずなも深まった。一生かけて守りたい」と気持ちを明かしています。

入籍が2015年1月3日にしたのは、足立沙織さんの誕生日が1月4日でちょうど30歳になるのですが、30歳になる前にと決めていたそうです。挙式は3月13日に東京赤坂の日枝神社で行い、披露宴は5月28日に東京・虎ノ門のホテルオークラで行われました。亡くなった母・陽子さんに6月前にジューン・ブライドの花嫁姿を見せてあげたいからだったそうです。

披露宴準備では、思っていた以上に先輩とか、仲間とか、たくさんの方が来てくれそうで、お客さまの席順を決めたりするのでバタバタしていまして。いろいろ決めるとき、足立沙織さんとケンカになったこともあったそうです。

 

中村獅童(2代目)と足立沙織の披露宴に出席した市川海老蔵の感想

中村獅童 (2代目)2

出典:http://www.sankei.com/

中村獅童(2代目)と市川海老蔵さんは幼少の頃からの知り合いで、「幹弘」と本名で呼ぶ仲だそうです。2015年5月28日に都内ホテルで披露宴を行った中村獅童(2代目)は、母・陽子さんが結婚式の時に着たウェディングドレスを直し、披露宴で足立沙織さんの姿に心打たれ、沈黙の後に「ありがとう」と一言中村獅童(2代目)の眼には光るものがあったそうです。

「私も…ありがとうの一言で全て伝わってくる2人を見て更に心に響き 多くの方が涙していたようでした。思い出すだけで胸が熱く…ありがとうの一言で幹弘のお母さんへの想い、そして沙織さんへの感謝。素敵な夫婦の門出に立ち会う事ができ幸せでした。おめでとうございます。心からそう思いました」と市川海老蔵さん振り返っていました。