2016年12月15日、テレビ東京系列『日経スペシャル カンブリア宮殿 ~村上龍の経済トークライブ~』ではわずか5日間で素人がパン作りを1から学べて店をオープンすることができる「リエゾンプロジェクト」で技術指導・経営ノウハウにいたるまでサポートをしているおかやま工房の代表取締役・河上祐隆さんが出演です。

 

パンの神様との出会いと息子の喘息という2つの人生のターニングポイントによって1999年、おかやま工房国富店のオープン時から無添加パンの販売を続け、開業を支援したパン屋は120以上を超えて人気店になっている実績を持つリエゾンプロジェクト事務局代表でもある河上祐隆さんについて当たり障りなく紹介してみたいと思います。

スポンサードリンク

Wikiより詳しい?河上祐隆のプロフィール

出典:

名前:河上 祐隆(かわかみ つねたか)
生年月日:1962年
出身地:大阪府大阪市
血液型:―型
出身高校:清風高等学校
職業:株式会社おかやま工房代表取締役、ベーカリープロデューサー
著書

2012年12月24日 小さなパン屋の革命 〈リエゾン〉河上祐隆の仕事 (デザインエッグ社)
2014年1月1日 俺のパン – ~パンで世界をつなぐ~

私立の男子校・清風高等学校の理数系で動物病院か水産試験場で仕事をしようと夢に向かって大学の進学を考えていたが、家庭の事情で進学を諦めざるを得なくなり、別の道を探していた中で食べ物に困らないという理由で飲食関係の中でパン屋を選択しました。

当時、関西に30店舗を展開していたベーカリー業界に18歳で入社して下積みの日々を続け、配属された先で元々東京のイースト菌を扱う会社の研究室にいた人物と出会い、人生を大きく変える事になります。
※大阪では「パンの神様」として知られる存在だそうです

河上祐隆さんの恩師がつくるパンは、他の職人のものと比べて全く別物という衝撃と感銘を受けたそうです。その後、独立した恩師の元で直接指導を受けるチャンスを得て、「感」ではなく理論に裏付けされた考え方と微生物の発酵を理論について学び、河上祐隆さんの原点になったそうです。

20歳の時に恩師の2号店、翌年の21歳の時には3号店を立ち上げに参加、マネージャー業務を任されてるようになりました。22歳になった河上祐隆さんは自分自身の独立を考えるようになったそうですが、2号店を立ち上げた時に資金が多額だったことを経験していた為、独立を躊躇ってしまったそうです。

ところが、恩師にとって河上祐隆さんが会社を去る事だけで損失があるにもかかわらず、無条件でその資金400万円と1,000万円の借金の保証人になってくれたそうです。恩師の心からの支援により、より一層、固い決意を胸に刻んだそうです。

大阪府羽曳野市にベーカリーを開業してから河上祐隆さんは、恩師の今までの支援を継承すべく、独立を希望している20代の若者を採用しては2~3年で独立させるというベーカリー業界では異例な取り組み支援を始めたことで業界の「異端児」が誕生しました。

河上祐隆の2度目の人生の転機とは?

パン職人として成功していた河上祐隆さんは、息子の喘息が悪化からきれいな空気と水を求めて岡山へ移住することに決め、既存の大阪店と1990年にオープンした岡山県岡山市にあるベーカリーの両店舗をきりもりしていましたが、岡山で本腰を入れて店舗運営をする為に、大阪店は部下に譲ったそうです。

息子の喘息などから「健康」に対して強く考えるようになり

「モノづくりに携わる人間として、お客様に常に安全でおいしいものを届ける責任があるのではないか」

http://www.liaisonproject.jp/から引用

と、パン生地にも数種類の合成添加物を使用していましたが、安心して食べられる無添加パンの試作に取りかかりました。