2016年7月30日、日本テレビ系列『有吉反省会』では「手足などのパーツモデルなのに、最近顔を出し始めていること」を反省しにパーツモデルの金子エミさんが出演です。

金子エミ1

出典:http://natalie.mu/

1991年のモデルスタートから2008年までにCM100本、雑誌出演は数百本をこなし、パーツ美容研究家・パーツモデル業・二児の母・事業と一人四役をこなすパーツモデルの金子エミさんについて当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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Wikiより詳しい?金子エミのプロフィール

金子エミ

出典:http://www.oscarpro.co.jp/

名前:金子 エミ(かねこ えみ)
生年月日:1970年11月14日
出身地:東京都
血液型:A型
身長:158cm
体重:―kg
スリーサイズ:B83 W58 H82
靴のサイズ:23cm
性格:やりたいことはぜんぶやりたい、やってみてだめだったら、そのとき考えようというタイプ
特技:器械体操
趣味:ドライブ、料理、スキンケア、水泳
免許:普通自動車
著名な家族:金子貴俊(俳優・弟)
事務所:オスカープロモーション
ブログ:金子エミ オフィシャルブログ「emi’s private life」Powered by Ameba
ブログ:金子エミ – Official Blog & SNS by beamie

器械体操 受賞歴

1981年 全日本ジュニア体操競技選手権大会出場
1982年 全日本ジュニア体操競技選手権大会
東日本大会個人出場総合4位 種目別平均台2位
1982年 全日本ジュニア体操競技選手権大会個人総合

※注意※

金子エミさんを検索するとGoogleサジェストキーワードに「離婚」が表示されますが、同姓同名の「夫である前衆議院議員宮崎謙介とは離婚しないことを決断し、ここにお伝えします」と自身のFacebookに綴った衆議院議員の金子恵美さんの事で金子エミさんとは一切関係がありません。

 

中学生の時にはホリプロのスカウトキャラバンを受けた経験があり、芸能界に興味はあったそうです。
※ホリプロのスカウトキャラバンは落選しています

実家がクリーニング屋で、ときどきレジ打ちのバイトをしていたところに偶然訪れた芸能関係者から「ここでバイトするより、手タレ(手のタレント=パーツモデル)をやったほうがいいよ」と言われました。

当時、エアロビクスのインストラクターを目指して専門学校在学中で自分で手の写真を撮り、モデル事務所に書類を出し、面接へと進みましたが、その頃ちょうど旅行帰りで日焼けをしておまけに指輪の後も付いていたので、門前払い状態でした。

手タレ(手のタレント=パーツモデル)は、手の形さえよければできると思っていたそうですが、そういうことではないってことに気付き、早く日焼けの跡が消えるようにゴマージュ(古い角質や毛穴の汚れを除去するエステ)や手に対して顔と同じようにケアをするようになり、再チャレンジしてモデル事務所SOSに所属し、1991年からパーツモデルの仕事を始めました。
※最初の仕事は、洗剤のCMですが洗い物をしている自分の手のアップのみだったそうです

専門学校を卒業後は本格的に手タレ(手のタレント=パーツモデル)の道へ進んでいき、オーディションも受けて要求されている事はなんなのかを質問したり、それをすぐその場で演じてみせたり、金子エミさんはすごい乾燥肌の為、ちょっと待っている時間でもそのままにしていると手の状態があまりよくないらしく、いつも手袋の手の甲側だけに化粧水を吹きかけて最高の状態でオーディションを受けていたそうです。
※手タレ(手のタレント=パーツモデル)のオーディションは結構あるそうで、金子エミさんの場合は10回行って8回は受かっていたそうです

1996年(26歳)、テレビ局のプロデューサーの村井清隆さんと結婚しました。結婚をする前は、っと手袋をしていて手を使うのは仕事だけであとはなんにもしない生活をしていたそうで、その時はまるで人間の手じゃないぐらい綺麗だったそうです。

1996年、日本初の爪全体が模様になる転写シートを開発し、ブランド名『ANIMALER(アニマラー)』として全国300店舗にて発売したところ大ヒット商品になりました。

1997年、長男・海人(かいと)くんが障害(ダウン症)を持って生まれ、合併症の心疾患もあると診断されて一時、離婚寸前まで夫婦中が険悪になったそうですが、一生懸命ミルクを飲む長男・海人(かいと)をみていくうちに夫の村井清隆さんから「一緒に頑張ろう」と言ってくれたことが離婚の回避になりました。
※1年半程、手タレ(手のタレント=パーツモデル)業を休業しましたが1999年には再開

2002年から2005年にはクリスチャン・ディオールのネイル商品の企画製造も手がけ、切り取る場所で絵柄のかわるディスク型ネイルシールを開発して『emi+o…』というブランド名で気を博しています。

2004年、次男・律心(りお)くんが生まれました。

【おそとでメディキュット】 2012MUJ×金子エミ 美脚化計画!

 

毎日の手のケアで心がけていることは、スプレーボトルに化粧水を入れていつも持ち歩き、ハンドクリームと乳液とボディクリームは必ず温めて塗るそうです。
※ハンドクリームと乳液とボディクリームは水(化粧水)に溶けるものを選んでいるそうです

手タレ(手のタレント=パーツモデル)としては年齢とともに限界があると感じている金子エミさんは、外資系化粧品会社の定年退職を経て、美容アドバイザーの佐伯チズさんを目標(憧れ)として将来は美容研究家として生涯現役を目指しています。

2016年7月15日から7月22日にかけてイタリア・フェレンツェで開催されたダウン症世界水泳選手権大会(正式名称:TRISOME Games 2016)の自由形50m、背泳ぎ50mの日本代表として長男・海人(かいと)くんが出場しました。
※50m背泳ぎは47位、100m背泳ぎは26位、男女混合メドレーリレーは日本12位という結果でした(スタートの合図が英語など日本の大会とは全く違うのが原因で出遅れてしまったそうです)
※詳細は
金子エミとカイトの奮闘記

(2016年7月時点)