2016年7月28日、テレビ東京系列『日経スペシャル カンブリア宮殿 ~村上龍の経済トークライブ~』では「この地域から出て行け!」とかつて産廃業者として、住民から反対運動が巻き起こった埼玉県の石坂産業を父親から受け継いだ石坂典子さんが出演です。

 

離婚して2児の美人シングルマザーで処女作『絶体絶命でも世界一愛される会社に変える!』の本が発売3日で重版になり、日本屈指のリサイクル企業に生まれ変わらせてゴミの95%を宝に変えた石坂典子さんについて当たり障りなく紹介してみたいと思います。

スポンサードリンク

Wikiより詳しい?石坂典子のプロフィール

石坂典子

出典:http://president-ac.jp/

名前:石坂 典子(いしざか のりこ)
別名:所沢のジャンヌ・ダルク
生年月日:1972年??月??日
出身地:東京都
身長:―cm
体重:―kg
スリーサイズ:B― W― H―
カップサイズ:
家族構成:両親(父親、母親)長男、長女
姉妹:石坂靖子(7歳下の妹・専務取締役)

 

幼少時代は、「ゴミ屋の娘と遊んじゃだめ」と心無い言葉を口にする大人もいた為、父親の職業を友人に知られるのが恥ずかしかったそうです

高校卒業後、カリフォルニア大学バークレー校へ留学という名目で渡米しましたがものの早々に退学してから、各地を遊び歩いていたところを、さすがに見かねた父に呼び戻され1992年(20歳)に家業の石坂産業株式会社に入社しました。
※留学ではなく遊学をしていた当時を石坂典子さん自身が「ドラ娘」と言っています

1967年(昭和42年)から2001年(平成13年)までは、父親の石坂好男さんが代表取締役社長として建設廃棄物の中間処理業としての事業を中心にしていました。

1999年2月1日、当時、久米宏さんがメインキャスターだったテレビ朝日系報道番組『ニュースステーション』で「汚染地の苦悩 農作物は安全か?」という特集が放送されました。
※報道があった時、石坂典子さんのお腹には長女おり、出産を翌月に控えていたそうです。長男は当時2歳

特集の中に「所沢産の野菜からダイオキシンが検出されました」という報道が一気に広まり、埼玉県産の農作物の販売を自主的に停止するという大騒動に発展しました。

当初は、各農家は風評被害を受けたとして、1999年9月にテレビ朝日に対して損害賠償請求の集団訴訟を起こして民事事件に進展したのですが

「自分たちがこんなに苦労するのは、ダイオキシンを出している産廃屋がいるからだ!」

の一言で住民の怒りの矛先が石坂産業株式会社などへ向かい、「石坂産業反対!」、「産廃屋は町から出て行け!」という横断幕が何枚も貼られたり、大バッシングが始まりました。
※当時の所沢市、川越市、狭山市、三芳町の三市一町にまたがる「くぬぎ山」と言われる雑木林に何社もの産廃業者があったことから『産廃銀座』と呼ばれていたそうです

地元の市議会議員は「騒動の元凶であるダイオキシンをゼロに!」と訴えが始まり、市民活動団体や環境団体が毎日工場周辺を調査や当時の週刊誌に取材もされずに身に覚えのない記事が多く、大手スーパーゼネコンの営業部長から面と向かって

「おたくのような会社には二度と持っていかないから」

と絶縁されたそうです。

2001年6月、住民が埼玉県に対して石坂産業株式会社の産業廃棄物処理業許可の取消を求める公害調停の裁判を提起してしまいました。

絶体絶命の窮地のなか、2002年4月に創業者の父親と様々な葛藤・対立を経て「1年だけでもいい。私を試してくれ」と押し切り、「永続企業にする」というミッションとともに取締役社長に就任しましたが代表権を持つ代表取締役社長は父親のままでした。

2013年8月に代表取締役社長に就任しました。

 

離婚した理由は石坂典子自身にあった?

1999年2月1日に久米宏さんがメインキャスターだったテレビ朝日系報道番組『ニュースステーション』で「汚染地の苦悩 農作物は安全か?」という特集が放送されたことがきっかけに不穏な空気が流れ始めてから母としての役割を果たしながら子育てと仕事の両立に必死なあまり、夫が後回しになったからだそうです。

会社では石坂典子さんは営業本部長としてフルタイムで働き、保育園から子どもを引き取って帰宅する時には20時か21時頃だったそうです。

帰宅してからは、保育園で子どもが使った布オムツを洗い、漬けおき洗いで漂白して洗濯機にかけ、しわがつかないように何枚も何枚もパンパンパンッと伸ばし終わると23時を過ぎ、ようやく眠れると思った矢先に子どもがぐずって泣き出しら抱っこしてあやすを連日繰り返していました。

そういう時に眠りこけている夫の顔を見てしまうと、石坂典子さんはなんともやるせない気持ちや少しイラッとしてしまっていたそうです。31歳で取締役社長に就任してから仕事が以前よりもハードになり、夫への思いやりが欠けて妻として手抜き、心抜きになってから些細な喧嘩が少しずつ増え、大好きだったはずの夫と別れたそうです。