2016年8月25日、テレビ東京系列『日経スペシャル カンブリア宮殿 ~村上龍の経済トークライブ~』では、祖父がはじめた駅中洋食屋を大赤字経営の状態で引き継いでから2014年6月までに24店舗にまで増やし、化学調味料や着色料、保存料を使わず、素材の味にこだわる洋食屋「つばめグリル」とステーキ「つばめや」運営する株式会社つばめ3代目社長 石倉悠吉さんが出演です。

株式会社つばめ 石倉悠吉

出典:https://www.foods-ch.com/

長い年月を一貫して守り続けてきたことは、自然の味に対する「こだわり」の姿勢と「嘘をつかない正直さ」の経営で銀座の老舗レストランの3代目社長 石倉悠吉さんと正直経営について当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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Wikiより詳しい?石倉悠吉のプロフィール

石倉悠吉(つばめグリル社長)

出典:http://www.ginza.jp/

名前:石倉悠吉(いしくらゆうきち)
生年月日:1943年??月??日
出身地:東京都港区
趣味:ゴルフ、鉄道の模型作り
備考:銀座料理飲食業組合の理事長を務めています(2016年8月時点)

 

看板メニュー つばめ風 ハンブルグステーキの歴史とは?

看板メニュー つばめ風 ハンブルグステーキ

出典:https://www.tsubame-grill.co.jp/

1965年頃からパピヨット料理をヒントに当時の主力商品であったビーフシチューとハンブルグステーキを組み合わせて開発されました。
※パピヨットとはとは、肉・魚介類などを紙で包んでオーブンで焼き、封じ込めた香りとともに味わうフランス料理

ハンブルグステーキに使用されている牛肉、豚肉ともに一頭買いして肉の味や品質を検査して合格したもののみを受け入れ不要なスジや脂をトリミングし、8cm角程度の大きさにカットして複数頭の肉をブレンドまでをセントラルキッチンで行うそうです。

その後の加工は店舗で挽肉してすぐにパテにしています。店舗で挽肉を行う理由は、挽肉にすると鮮度が急速に劣化し、味が落ちてしまうからだそうです。つばめグリルのハンブルグステーキは「挽きたて」、「合わせたて」、「焼きたて」、「鮮度を保つ」ための努力を続けているそうです。

 

Wikiより詳しい?株式会社つばめの概要

会社名:株式会社つばめ
設立:1930年10月
資本金:1,000万円
代表取締役:石倉 悠吉
店舗数:24店舗
正社員:190名
契約社員:45名
アルバイト:約900名
本社所在地:〒108-0075 東京都港区港南3-2-9地図
電話番号:03-5461-8211(代表)
関連会社:つばめエンタープライズ株式会社(主に本社管理部門を担当)

※2015年11月時点

事業内容

  • つばめグリル(創業1930年の老舗の洋食レストラン)
  • つばめKITCHEN(つばめグリルと同じ食材に対するこだわりで21世紀型「食」の情報発信地として、より専門的なメニューや空間づくり挑戦しています)
  • その他(イタリアンレストランや焼肉店、惣菜店なども展開中)

の経営をしています。

1930年(昭和5年)10月1日に「特急つばめ」という名前の特急列車が最初に東京駅を出発した「特急つばめ」ですが「特急つばめ」は新橋駅にも停車していましたが、やがて新橋駅には停車しなくなったことを惜しむ地元の人々の声に押されて「つばめ」の名を後世に残す為に「つばめグリル」と命名しました。
※東海道本線東京駅 – 神戸駅間で運転されていました

当初は、コックの給料を払い続けるために多店化を目指したそうですが、現在は人の成長とお客様の望みに合わせて表現の仕方を変えていける店舗を増やしていく運営計画を突き進めているそうです。

つばめグリルは戦後銀座に移ってから、日本経済の復興を担った社用という名目で飲食・遊興などに社費を乱費する社用族を相手に繁盛したそうですが、石倉悠吉さんが1965年に大学を卒業した時には、東京オリンピック後の不況で売り上げは最盛期の半分以下になったそうです。

石倉悠吉さんは「洋食をずっとやってもダメだ」と考えて当初は、ラーメン屋などを経営していたそうです。1966年に祖父のあとを継いでいた父親がつばめグリルから退くということで、経営に携わることになりましたが、赤字経営からのスタートでした。

つばめグリルを継いだ石倉悠吉さんは、銀座の老舗には不況にも関わらず賑わっているのを見て「どうせだったら老舗になりたい」と憧れるようになってからカバン専門店「銀座タニザワ」の谷澤鋭一さんから

「銀座の旦那衆たちはみんな幼なじみで、お互い裏事情を知り尽くしている間柄。そんな仲間達の信頼を落としたくない、仲間達に恥ずかしくない嘘のない商売をしようという気持ちが、銀座の街を支えている。だからあなたも仲間に恥ずかしくない商売をしなさい」

とアドバイスされてから長続きする老舗を目指すことを決意したそうです。

保険未加入の時に店舗が家事で燃えたり、コックの総上がり(全員で退職)をされたこともあったそうですが、石倉悠吉さん「今度は自分が好きなように店を建てられる、自社でコックを育てていこう」と、あまり深刻にならず前向きだったそうです。
※深刻にならずに前向きにいられたのは相談できる人を作っていたからだそうです

石倉悠吉さんは、つばめグリルを継いだ当初の料理には化学調味料をたくさん使っていたそうですが、美味しくても食べた後になんとなく違和感が残る味で商売を続けてはいけないと思い軌道修正したそうです。

 

メニュー数をしぼり 物流を工夫して利益増と生産者とのつながりが強化される?

石倉悠吉さんは「アメリカで20~30年と続いているお店は、メニューを変えていない。売れなくなったメニューを美味しくすることを考えている」

美味しくすることを考えるという事は、素材や鮮度など本質的なところを突き詰めていくしかないと石倉悠吉さんは言っています。

石倉悠吉さんは、つばめグリルの調理場の導線やセントラルキッチンを作って内部の仕組みを時代に合わせて工夫して効率を上げていったそうです。

また、メニューを変えなければ産地との物流を集中させることが可能になり、工夫することで利益を増やすことも出来るそうです。

一緒に苦労して共感しながら自分たちの求めるものを一緒に作っていこうという計画を共有できる生産者を見つけ、食材を一時的に大量購入するのではなく、継続的に購入しながら徐々に良を増やしていくという付き合いをすることで先の需要も分かってくるようになるそうです。