東京大学文科三類から工学部に転向した理由は?

当時の石井てる美さんには「海外に行って見聞を広めたい」という夢があり、とにかくそれを叶えたかったそうです。東京大学には学部学科を変えられる制度があるので、石井てる美さんが在籍していた学部の座学にあまり面白みを感じることができず、自分の想いを実現できそうな学部を探していました。

「工学部社会基盤学科」のパンフレットに『国際社会で活躍できるのは何もイチローや浜崎あゆみだけではありません』という面白いキャッチコピーを見つけました。

この学科の「国際プロジェクトコース」では、3年生のタイミングでタイの研究施設で1カ月半勉強できるチャンスがあり、海外の優れた国際機関でインターンすることも奨励しているのを知り、「これだ!」と思ったそうです。

3年時にはタイの研究施設で学び、大学院生の時にはデンマークやフィリピンのアジア開発銀行でのインターンまでお膳立てしてもらって、当時憧れていた海外を飛び回る生活を経験しています。大学院在学中の2007年2月には、「成長と環境」をテーマにした論文で、アジア開発銀行による『アジア・太平洋論文コンテスト』に入賞しています。

さらに、専攻した社会基盤学においては2008年3月、論文『フィリピンにおける政治過程分析を用いた大気汚染対策導入の実現可能性の検討』、が評価されて、学内賞である古市賞を受賞しています。
※古市賞とは、古市公威(ふるいち こうい)という日本近代工学ならびに土木工学の制度を創った人物です

 

石井てる美は大学4年時に学科の仲間とバンドを結成?

石井てる美

出典:キャリアコンパス

学生時代はサークル活動としてビートルズをコピーした音楽バンドでベースとボーカルを担当する(ジョン・レノン・ミュージアム アマチュアバンドコンテストでは入賞しています。

 

入社の決め手はマッキンゼー・アンド・カンパニーのブランド力から?

海外を飛び回る学生生活を経たこともあり、将来は「世界を股にかける仕事がしたい」と思うようになりました。そのため就職活動時の第一希望は、三菱商事や三井物産といった総合商社でした。

マッキンゼー・アンド・カンパニーを受けたのは、目の前にある課題に対して、地頭を使って正解に導く問題解決能力が試せそうと思ったからだそうです。

マッキンゼー・アンド・カンパニーは新人の頃から当たり前のように大きな仕事を任される現場主義の会社で、評価制度もかなり細かく2〜3カ月程度のプロジェクト毎のEPR(評価制度)と半年毎のSRS(評価制度)があるそうです。

常に会社が個人に求める成果を出し続けているかどうかが査定されているそうで、2回連続評価が悪かった場合、クビになるかもしれないという上司が「できなくて当たり前のことしかやらない会社」と口にしていたほどのシビアな会社だったそうです。

石井てる美さん曰く「42.195kmのマラソンを100m走の速さで走るような」多忙な日々だったと明かしています。

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マッキンゼー・アンド・カンパニーを辞めるまでの苦悩とは?

ハードな仕事になんとか食らいついて頑張っていたそうですが、入社1年目の最後に携わったあるプロジェクトで、私はまったく太刀打ちできなくて、深く落ち込んでしまったそうです。

それとは対照的に、同期のみんなが涼しい顔で業務をしているように見えていたせいで、当時は「私だけがダメなんだ…」「自分が責められている」と思い込んで、少しの失敗や上司からの注意に必要以上にうろたえて気に病んでしまいました。

後になって話を聞いた時に、同僚も水面下で必死にもがいていたことを知ったそうです。

マッキンゼー・アンド・カンパニーには「スタッフィング」と呼ばれるプロジェクトの担当の割り振りを統括するポジションがあり、その担当者に「今の現場は私には合わない、ここでは価値を創出できない」などと言えば、仕事を変えてもらえる可能性はあったのかもしれなかったそうです。

しかし、それまでの人生では、目の前の課題は乗り越えられてきたので、人に「できない」と伝えた経験があまりなかったため、さらに自分を追いつめてしまったようです。

この時も『スタッフィングで担当プロジェクトを変えてもらうのは逃げになるからダメだ』と決めつけて、なんとか乗り越えようともがいていたが、気付けばご飯もほとんど喉が通らないようになってしまい、心底「辞めたい」と思っていたそうです。

「大学の教授や友人に1年ほどで辞めたなんて恥ずかしくて顔向けできない、ここまで築き上げた傷のないキャリアを守りたい」という気持ちもあり、辞める意思を伝えるまでは、エリートでありたいというプライドが自分を追い込んで「周囲の目」を必要以上に意識する人間になってしまっていたと当時を振り返られています。

「人生は一度きり」と痛感する体験をしたことを機に、「やっぱり芸人になりたい!」という夢への思いを強め、約1年4カ月の勤務の後に退社を決意することに。退社時にはマッキンゼー・アンド・カンパニーの全社員に、「お笑い芸人になります」、との挨拶メールを送付し、同期入社組だけには、これとはまた別内容のメールを送付していたことを明かしています。

 

石井てる美はTOEIC®で990点満点をとった勉強法は?


初めて受けたのは高校2年生で初めてTOEIC®を受験したのですが、その時は810点だったそうです。す、凄いですね・・・。それからというもの15回は受けています。

TOEIC®では結構、ビジネス英語の問題も出題されます。石井てる美さん曰く、スコアが上がってきたのは社会人になってからで、マッキンゼーを辞める時に受験した時は970点ぐらいになっていたそうです。社会経験がある方が有利かなとは思ったそうです。

石井てる美さんは、中高時代から英語だけは好きだったそうで学校で勉強するテキストや単語をスラスラ言えるくらいまるごと暗唱できるまで覚えたそうです。

他には、難しい単語を手に書いて覚えるのですが、その方法は通学中に見て、家に帰って手を洗って文字が消える前に覚えるようにしていたそうです。単語を書いた紙を机やトイレのドアに貼ってもいたようです。ちなみに英語検定1級も取得しています。

石井てる美のマッキンゼー・アンド・カンパニー時代と芸人では収入の格差がスゴ過ぎる?

「今のペースだとあと25年くらいでようやくマッキンゼー・アンド・カンパニー1年目の年収に追いつくかどうかです。」と告白しています。

マッキンゼー・アンド・カンパニーの平均年収を調べてみると、30歳の男性で年収1400万、35歳の女性で年収1200万だそうで、個人によって年収は差がでますが、平均の年収は1100万ほどだそうです。

石井てる美さんの今のペースで芸人の収入を月収で計算してみると

12(か月)×25(年)=300(か月)
1000(万円)÷300(か月)=約3.3(万円)

※マッキンゼー・アンド・カンパニーの年収を1000万円で計算しています。ボーナスの概念も排除しています。

この数字を見てどう思うかはお任せします。

番組終了後に更新をしていきたいと思います。