2017年4月13日、フジテレビ系列『アウト×デラックス』では日本初の女性騎手として輝かしい実績を持ち、騎手引退後は武豊さんのアドバイスをきっかけに競馬評論家、解説者や執筆活動をしている細江純子さんが出演です。

 

日本中央競馬会(JRA)生え抜きの女性騎手は16年ぶりで藤田菜七子さんが世間を賑わせましたが、アサヒ芸能のサイト内で「ホソジュン(細江純子)の競馬予想ブログ」で過激な下ネタで圧倒?している細江純子さんが語る下ネタの魅力など含めて当たり障りなく紹介してみたいと思います。

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Wikiより詳しい?細江純子のプロフィールと経歴・学歴

 細江純子

出典:http://www.jprime.jp/

名前:細江 純子(ほそえ じゅんこ)
生年月日:1975年3月12日
出身地:愛知県蒲郡市
血液型:A型
身長:154cm(2001年時点)
体重:45kg(2001年時点)
スリーサイズ:
B― W― H―
カップ:
出身高校:愛知県立蒲郡東高等学校

騎手情報

所属団体:日本中央競馬会(JRA)
所属厩舎:柳田次男・栗東(1996年-1998年)、フリー・栗東(1998年-2001年)
初免許年:1996年3月1日
免許区分:平地・障害
騎手引退日:2001年6月15日
通算勝利:493戦14勝 (JRA) ※他に海外2勝

細江純子デビュー4年目

出典:http://www.sanspo.com/
(騎手デビューから4年目)

 

写真集

2001年6月発売 『Woman j 細江純子写真集』

 『Woman j 細江純子写真集』

出典:http://books.rakuten.co.jp/

 

細江純子さんは、テレビアニメ『ハロー!レディリン』と(現在)JRA歴代最多勝記録および歴代最多騎乗数記録保持者の武豊の影響を受け、蒲郡東高等学校在学中から自転車通学やジムなどで基礎体力作りをして騎手を志していました。

1993年4月、日本中央競馬会(JRA)競馬学校の騎手課程12期生として入学しました。同期は11人で女性は田村真来さん、牧原(現・増沢)由貴子さんと細江純子さんの3人で、女性の中で乗馬経験がなかったのは細江純子さんだけでした。
※競馬学校12期生は「花の12期生」と呼ばれていた

競馬学校の騎手課程はほとんどが中学校卒業してずぐに日本中央競馬会(JRA)競馬学校に入学をするそうですが、細江純子さんは高校を卒業してから入学したため、同期の中では一番年上でした。
※現在でも高校卒業後に日本中央競馬会(JRA)の競馬学校騎手課程に入学して騎手デビューを果たしたのは細江純子さんのみ

入学当時は、細江純子さんは教官からは怒られたり、毎日泣いてようで一番の落ちこぼれだったそうです。高校の時は体重が38kgぐらいで教官から逆に太れと言われたが、食べ過ぎて今度は痩せろと言われて体重管理が大変でした。

1996年3月2日の中京競馬第1競走でデビューし、サファイヤリネンに騎乗し16頭立ての9着。初勝利は1996年5月12日の京都競馬第12競走にレゾンデートルに騎乗してレースしました。

1998年に所属していた柳田厩舎からフリーに転向し、2000年3月22日、シンガポールで短期免許を取得してクランジ競馬場第6競走にマグニフィカットに騎乗し、JRA女性騎手として海外初勝利を挙げました。

重賞などの目立った成績は残せずにコースの内側に沿って設けられている柵(内ラチ)に足をぶつけた怪我によって2001年6月15日付けで騎手を引退してからは、武豊のアドバイスから競馬評論家、解説者や雑誌・新聞での執筆活動でホースコラボレーターという肩書きで活動を開始。

2011年2月4日、栗東・橋田厩舎の調教助手である児玉武大さんと婚姻届を提出。児玉武大さんは競馬学校の同期で細江純子さんが初優勝した時の馬は児玉武大さんの叔父の厩舎の馬だったようです。

2013年9月24日に長男を出産後は、テレビ・ラジオ出演や執筆活動をしている。

(2017年4月時点)

 

細江純子の下ネタはスケベ親父級を超えて夫と子供に影響するのではと不安が?

2015年8月14日、2016年7月1日、2017年1月20日「アサ芸風俗」で連載している「ホソジュン(細江純子)の競馬予想ブログ」の一部をご覧下さい。

2015年8月14日 「Kスターオーの巻き返しに期待」

焦りに焦り、かれこれ40分近く部屋中を探し、ようやく発見できたのですが、あらためて記憶から抹消されていた事実に自分自身驚いてしまった。

これが年を取るということなのだろうかぁ‥‥。物忘れのレベルではなく、完全に記憶から消されるとは‥‥。

そういえば最近、あまりのごぶさたにエッチを想像することすらできず、自分は処女なのではないか? と思える瞬間も‥‥ナンチッテ。

 

2016年7月1日に投稿 「2走前の内容を評価ゼーヴィント本命!」

つい先日はAKB48の総選挙後。井崎先生も大好きな指原さんがみごと連覇を達成したことで「今日はサシ馬で決まり」と。

そのあとに〈ホソエちゃんはサシコではなく、サセコですが〉と付け加えるのかと思っていると、なぜかスルー。よってみずから「私はサセコですが、何か?」と発言すると、

「そうそう。でもホソエちゃんは、競馬学校の時は非売品だったんだよ。卒業後は特売品になっちゃったけど。バージンからバーゲン」との返しに、その場は大爆笑!

しかしながら、よくよく考えてみると、確かに競馬学校時代はウブで処女だった私が、卒業後に騎手となり、レース中に生命の危機を感じたことで解禁!

「そうそう。卒業後はサセコからサスコになり、今ではササレナイナイコに。これぞまさに、悲しき女の3段活用だぁ〜」と口にすると、周囲はドンビキ‥‥。
〈くだらないシモネタやダジャレを考える暇があったら、予想を当ててください〉

 

2017年1月20日に投稿 「久々の前走で好走 リアファルに期待!」

例えば、私の肩書である「ホースコラボレーター」。これは馬と人とをつなぐ、コラボするという意味とともに、騎手として競馬サークル内で過ごし、引退後は取材ができる立場となったことで、「競馬ファンと関係者の懸け橋になれればいいなぁ」という思いで付けました。

それなのに「馬とシチャッタのかと思った」との意見が(笑)。確かに〈コラボ=一緒に=イッタイ=合体〉と連想できる。

ただ、もしも馬と交尾をするとなると、馬の腹の下に潜り込むしかないのだろうか‥‥馬同士のように後ろから乗られる形では耐えられないだろうし‥‥そもそも入るのだろうか? アレコレと想像が膨らんでしまう‥‥。

しかしながら、競馬学校に入った頃は、馬の体を洗いながら徐々に膨らみを増し、ペタペタと腹に当てながら上下するモノがペニスとは知らず、その周りのカスをシコシコと取っていた私。

それを見て同期の男性が笑うも、なぜ笑われているのか? まったく理解できずに一生懸命に公開オ○ニーのお手伝いをしていたとは‥‥。

そして、そんなウブだった私が、今では〝馬と交尾をしたという肩書〟に‥‥。成長を感じるわ‥‥ナンチッテ。

http://asageifuzoku.com/から引用

と、下ネタというレベルを超えているような気がしますが、読んでみるとクスッと笑ってしまう部分もあります。他にも「“ナマコ効果”でアソコがシマる!?」という記事などもありますが、これ以上は自主規制させていただきます。

それにしてもTwitterの機能を使って機械による自動発言システム「ボット(bot)」の『細江純子さんアサヒ芸能コラムbotも何気に下ネタでありながら笑い』に

このコラムで2歳になる我が息子のエロぶりを紹介したせいか、栗東取材の際、馬上から、

「ジュンコ。〝息子の息子〟は元気か?」

と、声をかけられることが多くなりました。
https://twitter.com/hosoe_asageiから引用

というように子供がいじられているようです。下ネタも家族をネタにすると上記のような事態になってしまいます。