アパレルのプレス(広報やPRを行うポジション)の仕事をしていましたが、父親が病気(膵臓癌)になり看病のために1年半ほど休職をしてましたが、父親は亡くなったのを機に退職してネイルの専門学校に通い始めました。

ネイルの専門学校に通いながらファッション雑誌の編集部で編集長のエディターアシスタントの仕事をし、ネイルの専門学校を卒業後、サロン勤務を経て2013年独立しました。
※ファッション雑誌の編集部で編集長のアシスタントの経験はネイルアートにも影響しているそうです

ニューヨークに3ヶ月だけネイルの修行に行ってブルックリンミュージアムの中でネイルを披露したり、日本では経験が出来ない事をして帰国後からネイルアーティストと名乗るようになりました。

現在はサロンを持たずにファッション誌撮影やセミナー講師として飛び回りながら

「あなたの絵気に入ったから、私のネイルと物々交換しませんか?」

と、提案してお互いの技術の共有と交換(Hana4さん曰く「スキルトレード」と呼んでいます)を日本が誇る伝統工芸品を生み出す蒔絵師・若宮隆志さんや人間国宝と言われる方々にお願いしに行っているそうです。

アルバイトをしながら専門学校、サロン勤務を経て2013年独立。フリーランスとして活躍する一方、ファッション誌撮影やセミナー講師として飛び回る。好きな言葉は「継続は力なり」。同じ姿勢で長時間作業するため身体のメンテナンスが欠かせない。

日々、根を詰めるネイルの仕事でHana4(はなよ)さんは、歯を食いしばるアゴに負担が掛かっているため、身体のメンテナンスが欠かせないそうです。

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Hana4(はなよ)がネイリストの学校に通おうと思った理由は?

Hana4(はなよ)さんは、一人っ子で父親の看病を通して

「会社勤めをしていた場合、もし母親が病気になったら面倒を見るために会社を辞めなければならない」

と思い、苦労とは全く思っていないそうですが早い段階で経験(父親の看病)をしたことで、手に職をつけたい一心で個人でできる仕事、技術を身につけたいと思いネイルの学校に通うことを決めたそうです
※闘病中の父親から「自分にしかできないことをしてほしい」と言われたことも後押しになっているそうです

 

リモージュボックス ペイントマスター パトリック・オドヴァールにネイルを見せて涙した理由は?

リモージュボックス ペイントマスターのパトリック・オドヴァールさんの実演を真剣に見ていたHana4(はなよ)さんは、以前にワークショップの参加して技を学んだことがあるそうです。
※Hana4(はなよ)さんにとってリモージュボックス ペイントマスターのパトリック・オドヴァールさんは心の師匠と勝手に思うほど尊敬しているそうです

リモージュボックス ペイントマスターのパトリック・オドヴァールさんに自身のネイルを見せた時のコメントは

素晴らしい

これはモネだね

なんてデリケートな作品なんだ

君は素晴らしい感性を持っている

誰もが持つ爪という表現の場で人々に宝石を与える事が出来る

素敵なことだよ

Hana4(はなよ)さんは、嬉しさのあまりに目から涙が零れていました。

 

Hana4は同級生と結婚

毎月、お揃いで美容院に行く海外出張の多い男性の学さんとは中学・高校の同級生で同窓会が縁で2014年頃からお付き合いを始め、2016年10月に挙式を予定しています。