1987年(32歳) 鹿フン音頭 明石第3小隊 「男女7人秋物語」大竹しのぶと再び共演

【続きの更新は今しばらくお待ち下さい】 この時期に週刊誌の見出しになっていたのが

明石家さんま1980年代秘伝説9

のようです。さんまさん曰く、心が休まったことがなかったわ!即答していました。(笑)

 

スキーバッグに大竹しのぶ!?超隠密デート

家、ホテル前に週刊誌の車が5~6台は毎日いたそうです。よくタクシーの運転手にトランクにスキーバックを入れるのをかたくなに拒否して怪しがられたそうです。大竹しのぶさんの「苦しい~」と言う声が聞こえるたびに、運転手がバックミラーでちらちら見てきたそうです。

目があった時にさんまさんが「くるしい」と口パクしたり、スキーバックのファスナーを少し開けるとそこに大竹しのぶさんが呼吸をするために口を出して、「ふー」と言う度にさんまさんがまた口パクを繰り返し、当時を振り返って面白かったと語っていました。

また、スキーバッグに大竹しのぶさんが入っているので、重さは40数kgあったそうですが、スキーバッグ意外でも重さあると、ちょっと動かしたつもりでも凄くスーッと動くそうで、後ろに人がいたり、週刊誌の人がいた時にスキーバッグだけ先にエレベーターに向けて押したそうです。

それはもうスーーッと進んでいったそうで、最後はぶつかって倒れて大竹しのぶさんは「うっ」と声が出ていたそうです。部屋についてスキーバックを開けると「私、転けちゃったよね?倒れてない?」と状況が全く分からなかったそうです。

 

1988年(33歳) カスタネットマン 映画『いこかもどろか』

『いこかもどろか』は、1988年8月27日に公開された日本映画で「男女7人夏物語」と「男女7人秋物語」の主演コンビ、明石家さんまさん&大竹しのぶさんがスクリーンで復活したドタバタ・コメディです。

この頃の週刊誌の見出しと言えば

明石家さんま1980年代秘伝説10

1988年(33歳)9月 大竹しのぶと結婚

独身生活に終止符!大竹しのぶと結婚

週刊誌に追いかけられるのもしんどかったし、もう結婚しようかという感覚になっていたようです。ちゃんとしたプロポーズはしていないと明かしていました。本当は12月に記者会見をして結婚する予定だったそうです。

当時、ある新聞社にマネージャーが質問攻めで「結婚しませんよ」と言えばよかったのに「本人に聞いて下さいよ」と言った事がそのまま記事にされ、結婚する予定が変わってしまったそうです。

想像できない!?大物女優との結婚生活

大竹しのぶさんのことを最初から「お母さん」と呼んでいたそうです。大竹しのぶさんは1985年に長男・二千翔(にちか)さんを出産しています。ちなみに、大竹しのぶさんは、さんまさんと結婚する前にTBSのドラマディレクター・服部晴治さんと結婚されていましたが、癌性腹膜炎のため亡くなられています。

NHKのインタビューで大竹しのぶさんは、「結婚しているときのさんまは面白くなかった」と言っていたさんまさん自身が明かしていました。「ちっとも面白くなかったの」と大竹しのぶさんのモノマネをさんまさんがしていました。

岡村隆史さんが「家の中のさんまさんは結構スベッたりしはるんですか?」という質問に対して「スベれへん!笑わしにかからへんやないか」とひと言。子どもに対しては笑わそうとしても、大竹しのぶさんに対して笑わそうとする理由がないと語っていました。

大竹しのぶさんも忙しかったと思うが、「いってきます」と言って冷蔵庫の扉を開けてボケても、ツッコミがなかったそうで、「結婚生活がお笑い合宿になってしまい、お笑いをやっている人間でも耐えられない状況になる」となるみさん。さんまさんは、大竹しのぶさんには楽しく過ごさせてもらったと明かしていました。

岡村隆史さんが「結婚することでいろんなことで広がりはありました?」とさんまさんに問うと、奥さん(大竹しのぶさん)側の親戚付き合いが大変だったという話に発展していきました。離婚が遅れた理由が、親戚付き合いだったそうです。

 

大竹家忘年会の総合司会までも!?

大竹しのぶさんは、一男四女の三女(兄、姉二人、妹)で姉妹が忘年会・新年会にはさんまさん宅に集まっていたそうです。ちょっとサービスしようとさんまさんは手書きのフリップを作成して「大竹家重大ニュース」と題して笑いをとっていたそうです。

離婚をすることになった時に甥っ子、姪っ子が「忘年会・新年会の司会は誰がするの?」と泣かれたそうです。(笑)毎年、さんまさんが忘年会・新年会の司会をしてくれるなんてとても贅沢な会になること間違いないでしょうね。

離婚するまでに、IMALUさんの事もあったそうですが、忘年会・新年会の司会も理由で2年もかかったそうです。甥っ子、姪っ子の中学生、高校生が集まり、悩み事も相談されていたそうです。プライベートでもさんまさんは、さんまさんなんですね。(笑)

 

大竹しのぶ長男とは親子を超えた絆

長男・二千翔(にちか)さんとは、高校卒業旅行、大学卒業両校には一緒に行っていたそうです。たまに、二千翔(にちか)さんの友達を含めて麻雀をすることもあったそうです。周りが友達の感覚でさんまさんに話をしてきた時には、さすがに二千翔(にちか)さんは、怒っていた事を明かしていました。

二千翔(にちか)さんが、友達に「(タメ口で話をしている人は)さんまだよ?」と言っている最中に「お前も(二千翔(にちか)さん)、呼び捨てやないか!」とツッコんでいたそうです。(笑)本当の息子として接してこられているんでしょうね。

 

信楽焼たぬき100体で夫婦ゲンカ!?

家の庭が四つの角になっていたそうで、四季折々の花が咲くように花壇を区切るために信楽焼たぬきを100体購入したそうです。信楽焼のたぬきといっても、蕎麦屋とかにあるたぬきではなく、野球をしているたぬき、バスケットボールをしているたぬき、いろんな色のたぬきで大きさはさんまさんの画像をご覧下さい。

明石家さんま1980年代秘伝説11

推測ですが、大きさはタバコの箱ぐらいではないでしょうか。一生懸命、さんまさん自身で信楽焼たぬきを敷き詰めたそうです。翌朝になって大竹しのぶさんが「起きて起きて!気持ち悪いたぬきが100匹いるの!」と言われて起こされたそうです。

「庭を好きにしていいと言ったやないか!」とさんまさんが言うと「お願いだから片付けて!」と言われたために渋々段ボールに100体片付けて押し入れに入れたそうです。それから半年ぐらい経ってから、大竹しのぶさんが押し入れを開けたそうです。

開けた途端に、たぬき100体が落ちてきたそうで「起きて起きて!たぬきに襲われた」と起こしに来たそうです。岡村隆史さんが「どうして信楽焼たぬきを選びはったんですか?」とさんまさんに問うと「信楽焼を将来やろうと思っていた」という発言が飛び出しました。

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老後は・・・山にこもって信楽焼!?

60歳で芸能界を辞めて、山に住んで、岡村隆史さんらのフィギュアを作ろうと考えているそうです。そのために、信楽焼について調べていたそうです。釜や粘土は韓国から取り寄せなくてはならないそうで、軽井沢にある別荘の庭に釜を作ろうと当時考えていたそうです。

大竹しのぶさんに「何言っているわけ?」と大反対されたそうです。「いやいや、お前らのフィギュア作ったろうと思ってんねん!」とさんまさんは言ったそうですが「バカじゃないの?」と言われて「釜は俺がみるから!」と懇願すると「勝手にすれば!」と言われてしまったそうです。

なるみさんが、山にこもられて引き笑いされたら、変な鳥が集まってしまうとツッコミをいれると引き笑いの関する話に発展していきます。

さんまの引き笑いがネットで話題に

音楽家たちが突き詰めていくと音階では「シ」のようですが、限りなく「ラ」に聞こえるという人達もいるそうで、さんまさんの引き笑いは音階では表せない謎の音としてネットで話題になっているそうです。

 

引き笑いでアホウドリと会話ができる!?

さんまさんの引き笑いはアホウドリの鳴き声の周波数と同じだそうで、アホウドリの言葉が理解できれば会話ができる可能性があるそうです。(笑)アホウドリの目の前で引き笑いをしたところ3羽振り返ったそうです。(笑)

彼女はショック!モメても元気過ぎる!?

離婚やモメ事で悩んで仕事がしんどいと言うことは無かったそうです。笑っていいともの生放送の時に、喧嘩で朝の10時ぐらいまでモメたことがあったそうですが一睡もせずに出演したことがあったそうです。

彼女は、生放送の仕事があったのに、一睡もしていない状況にさせて申し訳ないと思っていたそうですが、テレビを観るといつも以上にハイテンションのさんまさんを観て、私がいなくてもこの人は大丈夫と別れることになったそうです。さんまさん曰く、寝てないことで単純にハイテンションになっていただけだと明かしていました。(笑)

この人が墓場まで持って行く愛した3人のうちの1人だそうです。

さんまさんは、得意技として別れる時にティファニーの一粒の涙(ティアドロップ)をプレゼントするそうですが、付き合っている時でも泣かせてしまった時には「もう泣かさない、もう涙は固めましたよ」という意味で贈るそうです。さんまさん・・・ズルイ人ですね(笑)

 

愛娘IMALUさんが生まれた当時のさんまさんは?続きは次へ