2015年9月25日、日本テレビ系『アナザースカイ』では28年前に衝動買いしたという、ダイヤモンドヘッドやオーシャンビューが満喫できる別荘(コンドミニアム)を初公開されました。『笑点』でもお馴染みの六代目・三遊亭円楽さんが出演しました。

【画像は後ほど更新します】

六代目・三遊亭円楽さん曰く、小汚いハワイを見せてくれるそうです。(笑)当時は前座で今は六代目・三遊亭円楽さんは今は亡き先代・五代目円楽への思いを語った感動エピソード、落語にかける想いについて当たり障りなく紹介したいと思います。

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落語家の六代目・三遊亭円楽のプロフィール

 

出典:

三遊亭圓楽 (6代目)
※落語界では旧字体の<圓>の字をよく使うそうですが、常用漢字の<円>で通すと表明しています
本名:會 泰通(あい やすみち)
別名:三遊亭圓楽、三遊亭楽太郎(旧名)、楽さん、ラッキー、らっきょう
生年月日:1950年2月8日
血液型:A型
出身地:東京都墨田区
最終学歴:青山学院大学法学部
趣味:ゲートボール、釣り、プロレス観戦、ゴルフ
同級生:天龍源一郎(中学時代)
師匠:5代目三遊亭圓楽
出囃子:元禄花見踊
活動期間:1970年 –
家族:會 一太郎(長男)
所属:円楽一門会
備考:2010年3月1日 – 6代目三遊亭圓楽を襲名
※出囃子(でばやし)とは、落語家が高座に上がる際にかかる音楽、三遊亭圓楽 (6代目)の出囃子は師匠5代目三遊亭圓楽と同じです

父親は警視庁警察官で、その父への反抗心からか学生時代にはブント(共産主義者同盟)に所属し学生運動にも参加していたが、「ユートピアを追うことに疲れ、そのときに落語を聞き返したところ、その中にユートピアがあることを発見し、落語に生きることにした」したそうです。

1970年4月(20歳)、青山学院大学法学部在学中に5代目三遊亭圓楽の鞄持ちのアルバイトに志願し、付き添いを経てからスカウトされて入門し、大師匠6代目三遊亭圓生から楽太郎を名付けられ、この当時から落語研究部に所属し、発表会で兄弟子三遊亭楽松(現:三遊亭鳳楽)入門前から面識がありました。

1972年3月、青山学院大学法学部卒業。

1976年7月、二つ目昇進。

入門直後から5代目圓楽の付き人・裏方として番組に関わっていましたが1977年8月28日、師匠5代目圓楽の弟弟子6代目三遊亭圓窓の後任として弱冠27歳にして『笑点』の大喜利にレギュラーメンバーに抜擢されました。
※笑点で着用している色紋付の薄紫色は、師匠5代目圓楽が大喜利メンバー時に着用していた色と同じです

1978年、落語協会分裂騒動で師匠と共に脱退し、落語三遊協会所属。

1979年1月、放送演芸大賞最優秀ホープ賞受賞

1980年、落語三遊協会解散。大日本すみれ会(現:円楽一門会)所属

1981年1月、「にっかん飛切落語会」若手落語家努力賞受賞

1981年3月、真打昇進(真打昇進の際にも改名を拒んだそうです)

1985年正月、若手の頃、瀬古利彦さんに顔が似ているということで、瀬古利彦さんのものまねでテレビ出演することが多く、『笑点』の大喜利のネタでも瀬古利彦さんのものまねをやっていましたが、35歳から「落語で勝負したい」として瀬古利彦さんのものまねを封印。それから数年後には、瀬古利彦さんから「楽太郎に似ている」ことを話のネタにするという逆転現象が起こったそうです。
※6代目圓楽襲名パーティーにサプライズゲストとして瀬古が出演したそうです

1991年9月、 アメリカンM&N大学より哲学・理学博士号取得

1992年11月、 国税庁長官より表彰

1994年 ~ 現在 中央福祉医療専門学校客員教授

1996年9月 ~ 現在 ハワイ・オワフパークゴルフ協会名誉顧問就任

2006年、代々木アニメーション学院の学院長に就任しましたが、広告内容の件で同学院が公正取引委員会から排除勧告を受けた直後に理事長を退任しています。

2007年から「博多・天神落語まつり」のプロデュースを手がけ、東西の大物落語家(2008年には、『笑点』の司会者でもある落語芸術協会会長の桂歌丸はもちろんのこと、各落語家団体の会長のそろい踏みも実現)なども登場する一大イベントして「落語界は一つになって頑張らないと」と尽力しています。

2009年10月29日朝、師匠5代目が肺癌で死去。(2009年9月3日に、長男の一太郎を伴って、5代目圓楽の自宅へ自分の弟子にしたと挨拶に訪問したのが直接対面した最後だったそうです。)

2010年2月28日放送の『笑点』にて「六代目円楽襲名披露口上」を行い、翌3月1日、正式に6代目圓楽を襲名しました。

20歳で圓楽に弟子入りし、概ね5年ごとに節目を迎えてきたため、いつしか「5年計画」で物事を進めるようになったせいか、圓楽襲名の話が師匠からあった際も、すぐにというわけではなく、その5年ごとの節目にもあたる60歳に、という意向で、6代目圓楽襲名の話を進めることになったそうです。

笑点メンバーや観客を毒舌を吐き腹黒い男の異名を持ちながら落語会を牽引し、年間300日以上、全国各地で落語会や独演会を開催し、数々のテレビやラジオにも出演、他企業の講演会も行っています。

(2015年9月時点)

 

六代目・三遊亭円楽さんの第二のふるさとはハワイ?アナザースカイで放送された内容は?続きは次へ